平成5年末に亡くなった妻の和子さんへの追悼の文章である。著者自身が、「あとがき」で「辻に立って己が女房の惚気を叫ぶバカが、どこの世にいるだろう」と書いているように、この本は45年9か月間、相思相愛を貫いた夫婦生活の、まさに惚気でもある。
それが嫌味にならず、素直に読めるのは、もともと「私家版にでもして、子や孫がいつか読めばそれでよし」というつもりで書き出したこと。毎日新聞の記者として四国の高松支局に赴任したとき、同じ部屋にいて毎日広告社に勤めていた和子さんを見初めて以来の結婚生活を気取らず飾らず、しかし練達の文章で率直に描いていること。
妻に先立たれた経験を特別視せず、人類共通の体験と客観視していること。根底には人の生死を「須臾の間」ととらえている無常観などにあるのだろう。
自らも脳下垂体腫瘍のため右目を失明、左目も矯正視力0.2という著者は、ガンの末期だった妻を、始まったばかりだった介護保険を利用して自宅介護で最期を看取っており、その意味でも貴重な体験記といえるだろう。
<大人のための歴史教科書>とサブタイトルにある。本書を通読して、戦後60年の今年まで、あの太平洋戦争の全貌を歴史としてとらえた書物に初めて出会えたことを、うれしく思った。
戦争を勃発させ、リードしたといわれる軍部の構造から、戦端を開くにいたった国際的背景、内部の力関係など、”歴史教科書”と銘打っているだけに、客観的に冷静に史料を踏まえて、わかりやすく分析している。
戦争への流れをつくりだした「軍国主義」とは具体的にどういうものだったのか。それに対し、天皇はどういう地点にあったのか、陸軍と海軍の力関係はどうだったのかなど、全体を通観している点にも教えられる点が多いが、部分部分で指摘している点にもこれまで無視されてきた事実が多い。
たとえば、開戦をリードしたのは東條をはじめとする陸軍の勢力だと一般には言われているが、じつはワシントン条約で差をつけられた海軍であったこと、日本が南進を決定したことのきっかけは、アメリカによる石油禁輸があったことなどなど。
しかし、もっとも説得性に富むのは、軍部がいつどの段階で戦争を終結させるか計画をもたずに戦争を拡大させたことだという。さらに詳細な歴史研究を希望するのは望蜀の願いか。
『恋バナ 赤』『恋バナ 青』が発売以来、並んでベストセラーになっている。前著『Deep Love』『もっと、生きたい…』もミリオンセラーだ。読者は若者たちだろう。どこにそんな人気の秘密があるのか。
『恋バナ 赤』を例にとれば、これは「傷」「恋」「告白」「愛」「平凡」の短編小説と、「恋の詩」と題する詩を併載している。造本はカラフルで装飾性に富んでいる。
しかし最大の秘密は、そんなことより、携帯やパソコンを活用してつくられたという点だ。「あとがき」で著者は<できるだけ身近な物語にしたかったので、自分のもとに届くメールなどから、実話をベースに作らせていただきました。自分のオフィシャルサイト「ザブン」では、恋バナの発売にあたり、「恋バナ」のサイトを開設しました>と述べている。『電車男』のベストセラー化と共通するものがあろう。
作品には、「傷」のように厭世的になって腕に何度も切った跡のある女の子の話がある一方、ポルノ小説そこのけのわいせつな短編もあり、それらが現代のポップな文体で描かれているのが、若い読者に受けているのだろう。
巻末に収められた数編の詩は、じょうじょうとした余韻を残す。
薄幸な少年の流転を描いた感動的なロングセラー作品が30年を経て、文庫版で初登場した。
主人公のわたしは、生活物資の統制が始まった戦時下の昭和15年の大晦日、町で菓子パンを盗んで逮捕される。わたしは幼時に両親を亡くし孤児院に収容されていたが、その日、脱走したのだった。わたしを逮捕したのは、顔に大きなイボのある小柄で風采の上がらない刑事だったが、温かい人情の持ち主で、わたしに菓子パンを買い与えてくれるなど、生涯忘れられない恩人となる。
年が明けて感化院に入れられたわたしは、心やさしい保母さんに出会う。保母さんはわたしに、「お菓子の好きなパリ娘」という心にしみる歌を教えてくれるが、戦雲急を告げるなか、その歌は禁じられてしまう。感化院では、年に2回だけ菓子がふるまわれた。一度は開院記念日、あとの一度は正月。だがそれも戦地の兵士たちの慰問にと、取り上げられてしまう。
そうしたなかで、わたしは一人のお婆さんに引き取られる。だが、身寄りのないこの老婆はわたしを労働力としてコキ使い、あげくは売り飛ばそうとしているのだと知る。わたしはまた脱走する。
それからも波瀾万丈の放浪は続く……。近ごろ珍しく感動した作品だ。
(K・F)
※「有鄰」455号本紙では5ページに掲載されています。