Web版 有鄰

455平成17年10月10日発行

藤田宜永と『乱調』 – 人と作品

息子の死を探り、自らの心の空洞に気づいていく恋愛ミステリー

藤田宜永
藤田宜永
🄫Yoshitaka Oguchi

53歳の男と女子高生が恋に

53歳の男と17歳の女子高生が恋に落ちる――。過激な設定だと思うが、「女性の年齢が17歳であるだけです」と、藤田宜永さんは説明する。「法律上、女性は16歳で結婚できますしね。この小説の2人はちゃんと恋愛しているんですよ」。

人気ロックバンド「フォービドゥン・ファイブ」のメンバー朝野鷹也が自殺した。死の3か月後、鷹也が幼い頃に離別した父、村井清貴が鷹也のマンションを訪れ、部屋にいた女子高生、神谷深雪と出会う。死の直前、鷹也は”Mに会いたい”と書き残していたが、Mとは深雪のことだったのか? 小悪魔的な魅力がある深雪は、息子に死なれた清貴の心の隙間にすっと入り込んできた――。

カリスマ・ミュージシャンの自殺といえば、7年前の5月に起きた、「X JAPAN」のギタリストだったhide(ヒデ)の死が、記憶にまだ新しい。冒頭、鷹也がフックにロープを引っかけて首を吊る場面は、hideの事件をほうふつさせる。社会に衝撃を与えた、人気アーティストの突然の死だった。

「hideが自殺したニュースを知って、俺も驚きました。彼の内面を想像し、もし自分が父親だったらどうだろうと考えた。それがこの物語の始まりでした」

息子の死の真相を探りながら、父親が自分自身の心の空洞に気づいていく恋愛ミステリー。父親の村井は若い頃はカメラマンを目指していた。パリで日本人女性と結婚して鷹也が生まれたが、ポルノ写真に手を染めて生活が乱れ、離婚。妻子は帰国し、カメラマンの夢を諦めた。その後就職、フランス人女性と再婚して子供2人をもうけ、今は航空会社のパリ支店長として、成功者の地位を得ている。だが、少女・深雪に魅惑され、堅固だったはずの足元が、にわかに揺らぐ。

「男にとって、50代というのは”乱調”をきたす危険性が高い年代です。人生のゴールがうっすらと見えてきたが、まだまだ元気。努力して築いてきた仕事や家庭は凄く大事だが、どこか空しくて、いっそ一人になってみたい、全てチャラにしてやり直せないか、という思いが心の底に流れている。今回、53歳と17歳の2人が、ともに空虚感を抱えているという点が書くテーマでした」

50代男と女子高生というと、「援助交際」という言葉が思い浮かんでしまう。援助交際をする女子高生は、ただ金銭が目的なのではなく、生きづらさ、寂しさを中年男と共有する目的もあって売春する、との説もあるが……。

「成熟社会のぜいたくな悩みですよね。人間というのはぜいたくな生物で、特に、幼児期から愛情面で満たされずに成長した人は、幸福というものがよくわからず、金や名誉や家族を得ても不安で、それらを自分で壊そうと暴れてしまう。『恋人いるの?』と聞くと、『とりあえず』と答える人は多いですね。彼氏や彼女がいない状態なんて寂しくて仕方がないから、とりあえず、凄く好きなわけではないけれど誰かといる」

名門女子校に通う優等生の深雪は、両親に愛されず、空虚感を抱えている。その深雪が追いかけた鷹也も、父の村井と幼い頃に別れていた。登場人物は、社会的に優位の立場にいるが、どこか空虚感を抱える人物ばかりだ。

「要するに、俺の分身なんですよ。自伝的小説『愛さずにはいられない』で赤裸々に書きましたが、俺は母親との関係が全くうまくいかなかった男です。そんな自分をとらえ返して、分析して、人と人との関係について物語を書いている。自然、空虚感を抱えた人物が登場して、物語を成すようですね」

ミステリーでデビュー 恋愛小説で直木賞を受賞

昭和25年、福井市生まれ。早稲田大学を中退して渡仏し、エールフランスに勤務。55年に帰国、文筆活動を始め、61年、『野望のラビリンス』で小説家デビュー。平成7年、『鋼鉄の騎士』で日本推理作家協会賞を受けるなど、当初はミステリーを書いていたが、恋愛小説を書き始め、平成13年、『愛の領分』で直木賞を受賞した。

夫人は、同じく直木賞作家の小池真理子さん。共著『夫婦公論』もある。

「かみさんが非常に優れた作家だと、男は社会的な生き物だから、普通はいやがります。うちは不思議なことに続いている。恋愛論より夫婦論の方が難しいと思いますね。人間は複雑で、いっそ幸も不幸もわからない昆虫だったら楽かもと思うこともありますよ」

(青木千恵)

『乱調』・表紙

乱調
藤田宜永/講談社/1,800円+税

※「有鄰」455号本紙では5ページに掲載されています。

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