Web版 有鄰

564令和元年9月10日発行

アオバトのふしぎ – 2面

加藤ゆき

アオバトとは?

初夏の森を歩いていると、「オ~ア~オ~」と尺八の音色のような鳴き声を聞くことがある。声の主はアオバト、日本や台湾、中国南東部からベトナムにかけて生息するハトの仲間である。ふだん身近な場所で見られるキジバトやカワラバト(ドバトとも呼ばれる)といった茶色や灰色のハトとは異なり、雌雄共に全身が若草色、オスの肩はブドウ色でよく目立つ。

本種は四亜種に分けられ、日本には亜種アオバトが生息し、国後島と北海道から九州にかけての広葉樹林に生息し、繁殖をする。そして、秋になると北方のものは温かい地方へと移動し冬を越す。関東地方では標高の高い山地の森林でくらし、冬期には平地の林などで見かけることもある。しかし、大部分の時間を樹上ですごすため、目にする機会は少ない。

海岸に飛来する森のハト

照ヶ崎海岸に飛来したアオバトの群れ。

照ヶ崎海岸に飛来したアオバトの群れ。
2019年5月24日、重永明生撮影。

普段は森にくらすアオバトだが、春から秋にかけ海水を飲むことが知られている。なかでも神奈川県大磯町の照ヶ崎海岸ではまとまった数のアオバトが見られ、1日あたりの総飛来数は多いときで3,000羽以上、1度に数羽から数十羽の群れで飛来し、多いときでは500羽以上の群れが確認されたこともある。

1ヶ所でこれほどの飛来数が確認されるのは全国的に珍しく、繁殖期の生息場所として重要であることから、1996年に「大磯照ヶ崎のアオバト集団飛来地」として県の天然記念物に指定された。

同地にはアオバトがほぼ毎日のように飛来するため、格好の観察、撮影ポイントとなっており、多くのバードウォッチャーが各地から訪れる。

照ヶ崎海岸で観察を続ける“こまたん”

照ヶ崎海岸を訪れると、海岸を見渡すことの出来る展望スペースで、アオバトの飛来調査を行っている方々を必ずと言ってよいほど見かける。同地で30年以上も観察を続けている“こまたん”のメンバーだ。こまたんとは、平塚市、大磯町をフィールドにして、野鳥を中心に、花や昆虫などを愛でるグループで、アオバトの観察、調査・研究のほか、生物の生態調査や探鳥会なども行っている。

彼らの長期にわたる観察・調査により、照ヶ崎海岸に飛来するアオバトの一部の個体は、20km以上も離れた丹沢山地から飛来し、海水吸飲をしていること、飛来は5月初旬から11月上旬まで続くがピークは7月から9月にかけてであること、日の出前から午前10時ごろまでに飛来する個体が多いこと、成鳥だけではなく幼鳥も飛来することなどが明らかとなっている。

さらに、こまたんは全国の日本野鳥の会の支部等を対象にアンケートを行い、アオバトの海水吸飲は春から秋にかけて、全国の砂浜や砂利浜、波打ち際に設置された消波ブロックなどで観察されていることを明らかにした。山中の温泉や鉱泉、塩分を多く含む食品工場などの排水を飲んだ観察例も報告されたことから、アオバトは「塩」を含む水を求めていることも推察された。しかし、冬期の海水吸飲の報告は見られなかった。

静かな冬のくらし

本当にアオバトは冬期に「塩」を求めないのか?関西在住のこまたんメンバーの集まりである“おこまはん”が主体となり、冬から春にかけて京都御苑で行った調査では、1日の大半を苑内のアラカシ等の樹上のほぼ同じ場所で過ごし、1日に2回程度地面に下りアラカシの実(どんぐり)を食べていることが確認された。また、春先には樹上での新芽やツガの花穂の採食も観察された。苑内には、アオバトの採食場が複数認められたが、その全てを日々周回するのではなく、各採食場所のどんぐりがなくなるまで、その周辺を中心に、群れで1日を過ごしていることがうかがわれた。ねぐらとして、苑の外周にある高木を利用し、数日ごとに場所を変えることも確認された。調査時に淡水吸飲を数回観察したが、「塩」の摂取につながると考えられる行動は確認されなかった。

「塩」と食べ物との関係

全国規模のアンケートの集計結果や京都御苑での調査から、アオバトは「海水」ではなく、「塩」を含む水を求めていること、時期は春から秋に限定されることが推察された。それでは、なぜアオバトは季節限定で「塩」を求めるのか。こまたんや研究者により、いくつかの要因が考えられているので紹介しよう。

第一の要因として考えられるのは、季節で異なる食べ物の質である。春から秋にかけてのアオバトの主な食べ物は、サクラやミズキ、ヤマブドウなどの液果、冬の主な食べ物はアラカシやシラカシ、ブナなどの実(どんぐり)だ。液果、どんぐりともカリウムは多く含まれるが、ナトリウムはほとんど含まれない。しかし、同重量あたりの水分は液果の方が多く、一方、エネルギーは液果に比べどんぐりの方が3倍以上も高くなっている。

アオバトが、どんぐりと同じエネルギーを液果から得ようとした場合、3倍以上も食べる必要がある。そうなると、大量の水分とともにカリウムをより多く摂取することになり、体内のナトリウムとカリウムの均衡が崩れる。それを補正するために不足しがちなナトリウムを「塩」水により補っている、という説である。

ナトリウムはカリウムとともに体内の水分バランスや浸透圧を維持しているほか、筋肉の収縮や栄養素の吸収・輸送、血圧の調整などにも関与している重要なミネラルだ。ナトリウムが不足すると、激しい下痢や脱水症状を起こすといった、生命に関わる事態となる。海水を飲む時期は液果を食べる時期とちょうど重なり、この生理的機構としての説明もつくため、要因として最も可能性が高いと考えられている。

「塩」と繁殖との関係

「塩」摂取のもうひとつの要因として考えられるのは、ピジョンミルクである。ハト類はそ嚢で作られるピジョンミルクを雛に与えて育てることが知られている。アオバトも同様で、ミルクは雌雄とも分泌することから、「ミルクには多量の水分とともに、たんぱく質や脂肪が多く含まれる。ミルクを分泌する親鳥は、通常よりも多くの水分や栄養分を必要とする。それらを液果から効率よく吸収するためにナトリウムを摂取する」という説だ。

この場合、雛を育てていない個体や、当年生まれの幼鳥は「塩」を必要としないと考えられる。しかし、照ヶ崎海岸では幼鳥の海水吸飲が観察されており、繁殖が終わったと思われる10月、11月にも成鳥は飛来している。そのため、要因の一つである可能性はあっても、主たるものではなさそうだ。

このほか、卵殻形成や骨格構造の維持に必要なカルシウムを液果から十分に摂取できないので、海水で補っているのだという説や、食べものからだけでは得られない微量なミネラルを摂取しているといった説もあるが、生理的な実証はされておらず、海水吸飲の詳細な理由はまだ分かっていない。

こまたんのメンバーである金子典芳さんは、「繁殖期の成鳥が「塩」を摂取するのは、ピジョンミルクによる要因が最大かもしれない。幼鳥や非繁殖期の個体の海水吸飲は別の理由があるのではないか。つまり要因は一つとは限らない」との考えを示している。確かに要因は一つと限らず、季節や年齢による違いだけではなく、性別が関係している可能性も考えられる。

アオバトのふしぎ

海水吸飲だけではなく、アオバトの観察を続けていると「ふしぎ」と感じる光景は他にもある。アオバトはどれくらいの頻度で海水を飲みに飛来するのか、時おり見せる海水に尾を浸す行動はどのような意味があるのか、丹沢にすんでいる全てのアオバトが照ヶ崎海岸に飛来するのか、神奈川県で冬に見られる個体と夏のものは同一なのか、そもそも丹沢にはどれくらいのアオバトが生息しているのか、など疑問はつきない。

このような「不思議さ」をもつアオバトに関心を抱き、調査・研究を続けてきたこまたんとの共催により、特別展「アオバトのふしぎ~森のハト、海へ行く~」を、2019年7月20日より開催している。アオバトの一風変わった様々な生態をぜひこの機会に見ていただきたい。

加藤ゆき(かとう ゆき)

1971年、神奈川県生まれ。神奈川県立生命の星・地球博物館学芸員。
専門は鳥類生態学。

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