Web版 有鄰

453平成17年8月10日発行

藤原伊織と『シリウスの道』 – 人と作品

広告業界の内幕を描くビジネス・ハードボイルド

藤原伊織
藤原伊織

キャラクターづくりを重視

広告業界の内幕を描く。代理店各社が繰り広げる激烈な競合ぶりがリアルで、大手広告代理店、電通に勤めていた著者ならではの傑作だ。

「コピーライターやディレクターなど制作現場を書いたものはあっても、営業についてきちっと書いた小説はなく、この業界をいつか書きたいと思っていました。平成14年秋に退職して、週刊誌連載の仕事が入り、ならば書こうと思いました」

東邦広告京橋第12営業局に勤める、38歳の辰村祐介が主人公。中島みゆき「地上の星」がヒットしていた14年冬、大手メーカー・大東電機が新事業でネット証券に進出すると発表、18億、オール・オア・ナッシングの新規広告獲得をめぐり、代理店各社が色めきたつ。

翌年1月のプレゼンテーションに向け、辰村と41歳の女性上司、立花英子部長は精鋭チームを編成する。その人間模様と業界内の激しい競合。そこに、辰村の少年時代の事件が絡む。ふたりの幼なじみ、勝哉、明子とある「秘密」を封印し、3人で連星シリウスを見上げて別離してから25年—―。星の輝きを思いながら、人生を知るほどに現実を見つめて生きることになる人間たちの物語だ。さぞ綿密に構想して書いたのだろうと思ったら、「全然。すごくアバウトでした」という。

「広告業界を書こう、だけのアバウトさで始めたら、この業界はローカルタイム、フリークエンシーなどの専門用語が多く、営業の作業自体がわかりにくい世界で、書くのが難しかったですね。地の文で用語を説明すると小説の味を損ねるので、ニュアンスさえわかってもらえればと、あえて説明を省いたものも多かった。僕は主義として、いかにもいそうなキャラクターが、いかにもしそうな行動をとる展開を禁じています。ありきたりな行動をすると、ストーリーもありきたりなものになるので、キャラクターづくりに気を使う、キャラクター重視型ですね。今回、現職官僚の息子をコネ入社社員として登場させたら、物語が進むにつれて、意外な行動をとってくれた。それで、結構、仕上がりに満足しています」

ヘミングウェイの文体から醸し出される世界をイメージ

昭和23年、大阪府生まれ。東京大学文学部仏文科卒業後、電通に入社。営業職が長く、特に30代半ばからの7年間は、毎月150時間以上残業していたハードな日々だった。会社のソファに泊まり、浴びるほど酒を飲んだ。ウイスキーボトルを週に3本空けていたという。

「勝つ可能性がなくてもきちんと企画書を作る性分でしたね。ものすごく働いて、さすがに疲れて、営業から離れたときは燃えかすみたいになっていました(笑)。小説を書くために会社を辞めなかったのは、自分を客観的にみて僕には才能がないとわかっていたから。仕事を小説だけにしたら限界がくるだろうと思っていたからです」

とはいえ、激しく働いていた昭和60年に『ダックスフントのワープ』ですばる文学賞を受けている。40歳を過ぎて営業を離れ、賞金狙いで『テロリストのパラソル』を書き、平成7年、江戸川乱歩賞を受賞。翌年に直木賞を受賞した。今回の小説は、葛藤する主人公、辰村の人間的陰影が色濃く描かれて、“ビジネス・ハードボイルド”と紹介されている。乱歩賞作家だが、藤原さん自身は、自作のジャンルを、ミステリーに規定していないという。

「ハードボイルドという言葉は、日本ではミステリー・ジャンルの1カテゴリーという印象が強いけれど、僕はヘミングウェイの独特の文体から醸し出される世界をイメージしています。今回の小説は、ハードボイルドであるのは事実で、ミステリー色のある企業小説というか、成長小説というか――。いかようにもとれる。自分ではカテゴリーを定めて書いてはいませんね」

平成15年11月から翌年12月まで『週刊文春』に連載。連載を終えて一息ついた今年3月、食道がんがみつかり、『オール讀物』6月号の手記「がん発症始末」で公表した。現在は放射線療法と抗がん剤投与の治療で快復、新たに仕事をしようとしている。

「がんになったというと相手が驚いたり、気を使ってくれたりするでしょう。カミングアウトなんてたいそうなものではなく、状況を説明しておきたくて公表しました。今はとても元気で食欲もあります。顔をみて、皆さん、少し安心してくれるみたい」

常に、ユーモアを携えている。あったかい人である。

(青木千恵)

『シリウスの道』・表紙

シリウスの道
藤原伊織/文藝春秋/1,714円+税

※「有鄰」453号本紙では5ページに掲載されています。

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