Web版 有鄰

453平成17年8月10日発行

有鄰らいぶらりい

孤宿の人』 宮部みゆき:著/新人物往来社:刊/各1,800円+税

讃岐の丸海藩に江戸から流されてきた幕府の重臣と、やはり江戸から来て置き去りにされた孤児の少女を中心に描いた長編時代小説である。

歴史時代小説を好きな人は、讃岐・丸亀藩の流人だった“妖怪”こと元江戸町奉行の鳥居耀蔵をモデルにした小説と思うかもしれないが、そうではない。あとがきによると、丸海藩のモデルは丸亀藩であり、発想の素も、鳥居耀蔵の流人生活にあるが、内容はまったくのフィクションだという。

話の前半は、江戸の商家で女中の私生児として生まれ、邪魔者扱いされて阿呆の“ほう”と名づけられた少女をめぐる、さまざまな人間模様が描かれる。元勘定奉行の加賀殿が丸海藩預かりとなって以来、毒物による死者などさまざまな異変が起き、加賀殿の悪霊のせいだという噂が飛び交う。

ほうは、加賀殿の匙医の推薦で、彼が幽閉されている屋敷の下女となる。偶然のきっかけで、加賀殿と出会ってからの2人の交情が一番の読みどころだろう。加賀殿は藩監視役の制止をよそに、ほうに字や数字を教え、呆に代わって“方”次いで“宝”という名まで与えたあと、従容として死を迎えるのである。

死神の精度』 伊坂幸太郎:著/文藝春秋:刊/1,429円+税

6話からなる連作だが、まったく類例を見ないユニークな作品である。

主人公は「千葉」と呼ばれている男性。一見、何の変哲もない人間だが、じつは“死神”である。死神の組織に所属し、情報部からの指示で、指定の人間に接近する。そして「可」と答えてやれば、指定された人間は、何らかの原因で間もなく死ぬ。それが千葉という死神の仕事だ。千葉が仕事にかかると必ず雨が降る。雨男なのだ。

さて第1話「死神の精度」で接近するのは、大手電機メーカーに勤める20代の女性社員だ。口実を設けて接近すると、女は苦情受付係の事務員で、あるストーカーまがいの男に悲鳴をあげていた。その男は毎日のように、彼女を指名して電話に呼び出し、さまざまな苦情を浴びせかけるのだ。

千葉は行きがかり上、その男に偶然のふりをして会う。男は有名な音楽プロデューサーだった。邪魔立てされたと思った男は、千葉に暴力を振るうが……。千葉に素手で触れた人間は、間もなく死ぬことになっているのだ。

第3話の「吹雪に死神」は吹雪に閉じ込められた洋館で起きる連続殺人事件の話。指示によって千葉がこの場を訪ね、事件の謎を解いていく。抜群のエンターテインメントである。

孤将』 金 薫:著 蓮池 薫:訳/新潮社:刊/1,800円+税

『孤将』・表紙

『孤将』
新潮社:刊

1590年代、関白秀吉は小西行長、加藤清正、黒田長政らを隊長として、朝鮮半島に出兵した。日本でいえば、文禄・慶長の役である。日本軍は当初、半島を席捲する勢いだったが、後に巻き返され、秀吉の死去の報によって撤退した。この作品はその戦いを朝鮮半島側からとらえた歴史小説である。

主人公は「私」として展開されるが、朝鮮王朝の三道水軍統制使として海軍の最高の地位にあった李舜臣である。李舜臣は当初、軍人として順風満帆の出世を遂げるが、ねたまれて反逆罪で捕えられ、足腰の立たないほど杖打ちの刑を受けるものの罪状が明らかにならず釈放、一兵卒から再出発する。しかしその戦略が認められて最高の地位に返り咲くのだ。

本書で描かれる戦況は酸鼻をきわめる。海岸には彼我の兵士の死体があふれ、その死体には首、または鼻がない。朝鮮側は首を切り取って報告し、日本側は鼻を削り取って持ち帰ったからだ。農民たちは飢餓に苦しみ、死体をむさぼり食った。李舜臣も最後の決戦で戦死する。惨状の背後に描かれる海や空の美しさが感動的だ。

訳者は拉致被害者の蓮池薫氏。翻訳家としての初仕事を喜びたい。

北朝鮮「虚構の経済」
今村弘子:著/集英社新書:刊/680円+税

多数の日本人を拉致して行ったり、国際世論を無視して核兵器を開発する北朝鮮とはいったいどのような国なのだろう。本書は冷静な研究者の視点で、その経済の実態を明らかにしている。

かつては、共産主義国家は“地上の楽園”と期待され、また讃美されたこともあったが、今や、その夢はことごとく破れ、破綻国家に堕している。著者はそれを、同じ主義で出発しながら、経済大国となった中国や、自立に成功したベトナムと比較検証してみせる。

北朝鮮の失敗の原因は、計画経済が機能しない「計画なき計画経済」であり、また、「自立的民族経済」を唱えながら、援助によって成り立つ「“被”援助大国」政策をとったことにあると指摘する。

もともと共産主義では生産と流通が直結していないが、北朝鮮の場合、その計画経済さえ、一部指導者の野心によって、整合性を損なわれてきた。その一方で、金正日は軍隊の歓心を買うため、国防費だけは増加していった。かくてヤミ市が盛んになった。加えて95年の大水害が追い打ちをかけた。

外国からの援助も激減するなかで、北朝鮮の経済は、お先真っ暗というのが実情のようだ。現代の教養として、一読をおすすめしたい。

(K・F)

※「有鄰」453号本紙では5ページに掲載されています。

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