Web版 有鄰

452平成17年7月10日発行

有鄰らいぶらりい

信長の棺』 加藤 廣:著/日本経済新聞社:刊/1,900円+税

織田信長が天正10年6月、明智光秀の謀叛によって、本能寺で憤死したことは、あまりにも有名である。その生涯を記録した史料として残されているのは、信長に書役として仕えた太田牛一の『信長公記』だけだ。本書は、その牛一を主人公に、信長の死の謎を追った、きわめて重厚な歴史ミステリーである。

信長の死の謎として、最大のものは何か。それは信長の死骸がどこへ消えたか、である。「信長さまの伝記を書きたい」、と牛一が決意したとき、最初に突き当たった謎もそれだった。

<本能寺で亡くなった信長さまのご遺骸が、どこに消えたのか、この謎解きも是非加えなければならない。誰もが不思議がるくせに、誰も首を傾げるだけで、それ以上は触れようとしない。これも二重の不思議だった……。>

秀吉が織田家を差し置いて挙行した葬儀はまったくの茶番で、<肝心の信長さまの棺の中は、ご遺骨不明のまま、代わりに焼いた木像の木灰だったという。>

信長から牛一が生前預かった重い5つの木箱の謎、さらには本能寺の構造の謎まで、作者は精細かつ大胆な推理を展開していく。

作者は経営・経済学者として高名で、小説家としては、本書が74歳にしての処女作。

追跡』 千野隆司:著/講談社:刊/1,700円+税

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『追跡』
講談社:刊

江戸の料亭「菊田川」の腕のいい板前、角次郎と乙蔵の二人は、新装開店の料亭に、主人の名代として招かれた帰路、永代橋の上で賭けをやることにした。人通りもない。欄干の上を歩いて渡りきることができたら、互いがもらってきた祝儀を相手からもらうというのだ。

面白い! そう言って、まず欄干に上ったのは、角次郎だった。ところが途中、角次郎は転落して、溺死してしまう。

それから十数年後、菊田川家の主人が不慮の事故で死亡し、子飼いの乙蔵が次女をめとり、名も菊右衛門を襲名して店を継ぐ。店は順風満帆に発展し、江戸でも一、二を争うことになる。

納得できないのは、角次郎の一人息子・磯市だった。磯市も父に似て腕のいい板前だったが、その世界で生きることをこころよしとせず、江戸でも悪評高い高利貸しの手先となる。

磯市の狙いは、菊右衛門こと乙蔵を失脚させることだった。乙蔵が永代橋の欄干の上から、父を突き落として死なせたに違いない……。磯市は悪党の限りをつくす。

だが、事態は意外な方向へ発展していく。磯市のカン違いが原因だったのだ。江戸の料亭の事情なども詳しく描写され、楽しく読める時代小説長編。

影まつり』 阿刀田 高:著/集英社:刊/1,700円+税

この作者は短編の名手だ。何といっても、話芸がすぐれている。ここに収められている作品は12編あるが、どの作品にも、つり込まれてしまう。

たとえば、冒頭の「二人の妻を愛した男」。貿易関係の団体に勤める主人公の男が、駐在先のフランスのリヨンで知り合った画家との交流を描く。画家はいつもプロムナードというベレーともハンチングともつかない帽子をかぶっていたが、最初に愛し合って結ばれたのは、黒髪豊かな日本人女性だった。ところが、この愛妻は交通事故で急死する。

それから間もなく、画家はフランス女性と愛し合って結婚する。フランス女性に金髪は少ないといわれ、その7割は染めているのだそうだが、この女性は、見事な金髪だった。ところがこの女性も間もなく、交通事故で急死してしまう。

画家はリヨンを引き揚げて帰国、主人公と東京で再会するのだが、はたしてその二人の愛妻の事故死は偶然だったのか――?

この作品では人が人を好きになる背景に、『古事記』の<成り成りて、成り合わぬところ……成り成りて、成り余れるところ>ある故にイザナミとイザナギが結ばれたゆえんを引用するなど話術が巧みだ。他の作品も短編の醍醐味を満喫させる。

ルパンの消息』 横山秀夫:著/光文社:刊/876円+税

元・事件記者という経験を生かし、警察や新聞社を舞台に迫真性のあるミステリーを書いてきた著者だが、この書き下ろしはまったく違う。

これまでの作品にあったノンフィクションと見まがうようなリアリティ、アクチュアリティはない。15年前の女性教師殺人事件と、高校のツッパリ・3人組が“ルパン作戦”と称して、期末テストを盗みに学校へ忍び込む話とからみ合う。さらには、昭和43年(1968年)の日本を震撼させ、迷宮入りしている「三億円事件」とも関係してくる。

完全なフィクションでありそれも本格推理といっていい奇想に満ちた話である。こんな小説も書けるのか、それにしても売れっ子の著者が書き下ろしとはと感心して、あらためてカバーの帯を見たら、15年前に書いた処女作という。今は無きサントリーミステリー大賞に応募したが佳作となり、これまでフロッピーディスクの中でこんこんと眠り続けていた、と「著者のことば」にある。

高校生トリオなどキャラクターの設定が面白く、とくに後半は意外性の連続で、細部まで行き届いた作品である。

(K・F)

※「有鄰」452号本紙では5ページに掲載されています。

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