Web版 有鄰

447平成17年2月10日発行

有鄰らいぶらりい

対岸の彼女』 角田光代:著/文藝春秋:刊/1,600円+税

先ごろ決まった第132回直木賞の受賞作。直木賞候補は2度目、それ以前に芥川賞候補3回、野間文芸新人賞や婦人公論文芸賞なども受賞したベテランである。

受賞作は、どちらも30代後半の主婦、小夜子と、彼女の就職先である小さな会社の独身女性社長、葵の2人を主人公に話が進む。小夜子は子供が生まれて3年。公園に集まる母親たちの微妙な派閥争いのしがらみを避けて公園を転々としていたある日、自分がブラウス1枚の値段が安いか高いか分からなくなっていることにショックを受け、再就職に踏み切る。

小夜子を採用した女社長、葵は同じ年で、大学も同じだった。仕事を始めた小夜子と葵の少女時代が交互に描かれるという構成である。

いつも明るく屈託なさそうで小夜子が「サバサバした、感じのいい人」と見ている、いまの葵と、中学時代にイジメに会い、転居して女子高に入ってからも、仲間外れにならないよう常にオドオドしている少女時代の対照が鮮やかである。女社会の友情や陰湿な対立の構図が、じっくりととらえられている。

選考委員会では「大きなドラマはないが、日常のリアリティを的確に描き、現代の女性の問題をとらえている」(渡辺淳一)と評価された。

雲、西南に流る』 平山壽三郎:著/講談社:刊/1,800円+税

『雲、西南に流る』・表紙

『雲、西南に流る』
講談社:刊

幕府の瓦解、新体制の確立という激動の幕末・明治初期に、フランス語を身に付けて新時代を生きた若い元幕臣の活躍を描く作品。同じような混迷下にある現代の生き方に対し示唆に富む。

八丁堀同心の三男・源三郎は17歳で、慶応元年、開港場の横浜に開設された寄宿制の仏語伝習所に、二期生として難関を突破、入所した。当時、幕府は陸軍強化のため、フランスから軍事顧問団を招き、仏式伝習隊を立ち上げていた。仏語伝習所はその通訳を養成する目的だったのである。隊員たちは草鞋、筒袖の服装から、革靴、フランス式軍服に替え、戦術も刀槍から銃砲主体に一変する訓練を受けた。源三郎は卒後は軍服の腕に通訳官の腕章を巻いて、講義や命令を伝えた。

しかし、時代はまさに激動の時。江戸城は開城となり、仏式伝習隊も解散、源三郎は仲間とともに横浜のフランス商館に通訳として勤め、そこの紹介で横須賀製鉄所の通訳となるが、やがて、その縁で箱館の戦場へと向かうのだ。戦後一時、横浜外国人居留地で身を潜めねばならない時期もあるが、間もなく維新政府にも重用され、第三の運命が開けてくる。背後には妻との愛別離苦の人生も織り込まれる。文明開化期の横浜の描写が鮮やか。

瑠璃の契り』 北森 鴻:著/文藝春秋:刊/1,476円+税

魑魅もうりょうが跋扈するといわれる骨董・古美術の世界を題材にしたミステリー・シリーズで、4編の連作。主人公は旗師・冬狐堂の女性宇佐見陶子。旗師とは店舗を構えずにブツを扱う古美術商のことをいうとのことだ。陶子は美大で洋画を専攻したが、画業に挫折し、古美術商になった。

編中「黒髪のクピド」が最も長いだけに、奥行も深く、変化に富んでいる。陶子は川崎市で開かれた競り市で、かつての恩師で、今もその慧眼に親炙している英国人のプロフェッサーDの依頼により、一体の人形を落札した。陶子は短期間だがDの妻だった時期もある。そのDが突如、行方不明となる。原因は陶子が手渡した人形の謎にありそうだ。

人形は黒髪のクピド(キューピッド)で、明治時代の人形師・辻本伊作の磁器焼き作品とわかるが、不思議なことに、その瞳孔は開いており、辻本伊作もこれを最後に制作を断っていた。陶子はクピドの謎に迫りながら、Dの行方を追う……。

表題作の「瑠璃の契り」は旅先の居酒屋で見つけた灰皿代わりの切り子碗に注目した陶子が、その謎を追求する話柄。他の2編も古美術界の深奥をさぐりながら展開。文章も今どき珍しく端正である。

養生の実技』 五木寛之:著/角川書店:刊/686円+税

人気作家の著者はデビュー当時から、髪は年に2回、盆暮れに洗う程度ということで有名だった。今では2か月に一度くらいは洗うそうだ。それでもフケも出ないし、かゆくもならないそうだ。本書はそんな著者自身の健康法、というより養生訓だ。医学的根拠はいざ知らず、ともかく体験から出た養生訓だけに説得力がある。

その基本にある思考は、剛直に生きるのではなく、屈して曲がって生きるということだ。かつて金沢に住んだ著者は、その例として、兼六園の冬の雪吊りを例にあげる。強い枝は雪吊りをしないと、雪の重みで折れるが、弱い枝は平気だという。このように、生きている限り、心にも体にも負荷がかかる。だから、しなうこと、屈すること、萎えることで、苦難を切り抜けるのが肝心という考えだ。

今日の健康法ブームと逆行する思考も多い。たとえば病気の早期発見・早期治療に反対だ。著者は72歳になる今日まで、健康診断など受けたことがないという。病は末期に発見されることこそ望ましいというのだ。

奇をてらっているように聞こえるかもしれないが、その根底には仏教の思想がある。具体的養生法として挙げている100カ条は傾聴に値しよう。

(K・F)

※「有鄰」447号本紙では5ページに掲載されています。

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