Web版 有鄰

445平成16年12月10日発行

有鄰らいぶらりい

故事成句でたどる楽しい中国史
井波律子:著/岩波ジュニア新書:刊/840円+税

年少者を対象にしたジュニア新書だが、ベストセラーに入りつづけたところから見て故事や成句を引用することの好きな大人にも受けていたことがうかがえる。

しかし、昔の少年向け講談本のように、誇大な話を、おもしろおかしく読ませる本ではない。コンパクトながら、太古の神話・伝説の時代から清朝の滅亡に至るまでをつづる、ちゃんとした中国通史である。

われわれ日本人が日常使う、つまり人口に膾炙している、中国の故事にもとづく成句を、この本から拾っていくと応接に暇がない。だいたい「人口に膾炙」は、なます(膾)とあぶり肉(炙)が万人に好まれるように、広く世人に好まれ知れ渡ることを言った「孟子」の言葉らしい。

また、「応接に暇がない」は書聖として知られる王義之の息子で、やはり書の名手だった王献之が山中を歩いていて、自然の美しい景観が次々と現れ、ゆっくり見ている暇がない、と言った言葉が典拠という。

ほかに「五十歩、百歩」「鳴かず飛ばず」「屍に鞭うつ」「紅一点」「破竹の勢い」「怨み骨髄」「白眼視」などなど。いかに多くの日本語が中国の故事に拠っているか、あらためて気づかされる。

三国志』1・2・3巻 宮城谷昌光:著/文藝春秋:刊/各1,619円+税

「三国志」の時代は西暦でいえば220年に始まるが、本書ではその前の「後漢王朝」時代の乱世を描く。周知のように「三国志」には、羅漢中の書いた『三国志演義』と正史の『三国志』とがあり、わが国でも、かつて吉川英治が書いたのは『――演義』で、これは魏・呉・蜀を股にかけての波瀾万丈の歴史小説であるが、虚実とりまぜて展開しているので、史実という点からは遠い。それに対し、この宮城谷昌光の『三国志』は正史をひもといて書かれているので安心してのめり込める。

「後漢時代」から書き起こしているのは、「三国志」の時代がこの時代を描かなければ説明のしようがないためであろう。宦官たちの跳梁ばっこ、政権内の腐敗堕落、地方軍閥の猛威、そのあげく各地に広まった黄巾の乱、かくて董卓(賊軍討伐の将)、曹操(賊軍討伐の援将だが、後に董卓を討つ)、劉備(関羽、張飛を従えて賊と戦う)などが活躍する中、「後漢王朝」は十四代で終わり、三国の時代に入るのだ。

作者は、例によって、故事来歴に名解釈を披瀝しながら物語を展開していく。ちなみに導入部は、「天知る、地知る、我知る、汝知る」で有名な「四知」のエピソードが劇的に。

史脈瑞應
寺内大吉・永井路子:著/大正大学出版会:刊/1,900円+税

『史脈瑞應』・表紙

『史脈瑞應』
大正大学出版会:刊

寺内大吉と永井路子。それぞれの文学の成立の過程と背景を明らかにしたエッセーと両氏の対談で構成されている。歴史小説家としてのほかに、この2人にどのような共通項があるのかいぶかしく思われる向きもあるだろうが、じつは、この両氏、文学的出発点において、かの有名な同人誌「近代説話」の仲間だった。

というわけで、当時の回想には思わず膝を乗り出すほどのエピソードが多いが、とりわけ寺内氏の「司馬君」にかかわる話は特ダネオンパレード。

「近代説話」は寺内氏と新聞記者時代の司馬遼太郎が創刊したもので、入会資格は、当時盛んだった懸賞小説合格者とすることに決めたが、肝心の「司馬君」にケチがついた。今では司馬の傑作とされる『ペルシャの幻術師』が講談倶楽部賞の予選で落ちてしまったのだ。寺内が編集部にどなり込んで、めでたく1位入賞に逆転したという。

しかし本書の真骨頂は、仏教文学に対する両氏の学殖の深さ、視野の広さにある。弘法大師や鑑真和尚などの日本語開発に尽力した功績や、火葬の習慣が奈良仏教の影響でおこなわれるようになったことなど、今日の日本人の日常的習慣が仏教によって生まれたいきさつが、両氏の作品に触れながら語られているのがたまらない魅力である。

アフターダーク』 村上春樹:著/講談社:刊/1,400円+税

ある日の深夜から翌朝にかけての、都会に住む孤独な男女数人の、それぞれの生態を超然的な第三者の視点でとらえた書き下ろし長編。

深夜、ファミリーレストランで、若い女の子がコーヒーを飲んでいる。名はマリ。そこへトロンボーンを抱えた若者がやってくる。名はタカハシ。バンドの稽古のためにビルの地下室にやってきた学生で、マリとは面識がある。

タカハシが去った後、ラブホテルの支配人カオルがマリを訪ねてくる。そのホテルで売春婦を連れ込んだ男が、女が突然生理になったのを怒って身ぐるみ剥いで持ち逃げするという事件が起きた。女は中国人で日本語が通じない。マリは中国語を専攻している学生。そのことをタカハシから聞いていたので協力を求めにやてきたのだ。女が忘れていった携帯から、少しずつ犯人像が浮かび上がる。

マリの姉のエリは、少女時代から雑誌のモデルをやっていたほどの美女だが、今は、原因不明で終日眠り込んでいる。

カオルには暗い影があり、そのホテルの従業員の女も、過去から逃げている存在。売春婦に暴行した男は、深夜もオフィスで働くエキスパートのサラリーマン。そして、タカハシにも癒しがたいトラウマが……。それぞれの個別のストーリーで夜が明ける。

(K・F)

※「有鄰」445号本紙では5ページに掲載されています。

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