Web版 有鄰

442平成16年9月10日発行

有鄰らいぶらりい

混沌』上・下 高杉 良:著/講談社:刊/各1,700円+税

金融再編の話がかまびすしい。大銀行の統合は国際化時代の要請というが、こうもくるくる行名が変わると、名前もろくに覚えられない。

この小説も1999年8月産銀、朝日中央、芙蓉の三行が翌年秋をメドに経営統合で合意したという話から始まっている。時期や世界一のメガバンク誕生といった話からモデルが日本興業、第一勧銀、富士三行による、みずほホールディングス設立の話であることは明らかだろう。

ただし小説の主人公は、大都銀、協立銀行の竹中・広報部長。話も産銀との統合をひそかに打診していた協銀が、あわてて新しい提携先を探したあげく、中位行である東亜銀行とあけぼの銀行の統合プランに割り込んでいく――といった内容である。

竹中は頭取の意を受けて三行統合に奔走、合意発表にこぎつけるが、大銀行風をふかす協銀に反発して、あけぼのが離脱。協立と東亜に東邦信託が統合してJFGホールディングスが誕生する。

これらのモデル銀行も、読めば容易に割り出せる仕組みである。天皇と呼ばれる協銀の会長に辞職を迫る話など、統合に至るまでの裏の駆け引きに、エゴと欲、保身の人間ドラマがからみあい、スリリングで興味深い。

猫のつもりが虎』 丸谷才一:著/マガジンハウス:刊/1,333円+税

『猫のつもりが虎』・表紙

『猫のつもりが虎』
マガジンハウス:刊

知的面白さが満載されているエッセー集だ。どこから読んでも、引き込まれてしまうが、まずは巻頭の「ベルトの研究」から。〈ベルトは5000年以上も前からあるけれど、ズボンを締めるのに使ふのはこの80年間にすぎない〉というのだ。

昔はベルトはズボンのための小道具ではなかった。それよりもズボンというのは北方ゲルマンの衣装で、民族大移動で西ゴート族の一部がドナウ河を渡ってから広まったものだ。ただし、ズボンは普及してもベルトは使われなかった。使わなくても生活に支障はなかったので、単なる装飾品だったというのである。

話変わって、グレタ・ガルボといえば、往年の美人女優として、年配者には忘れられないスターだろう。ところがこのグレタ・ガルボは、足が大きくて歩き方がよくなかったという意外な証言がある。それを伝えたのは、アメリカの日本文学研究者・サイデンステッカー氏だというから、信じないわけにはいかない。

もう一つ紹介すると、ポルトガル人ルイス・フロイスの〈われわれは普通に(塩を入れた)小麦製のパンを食べる。日本人は塩を入れずに煮た米を食べる〉と意外がっている話。ポルトガルでは、塩を入れずに煮た米は下痢止めの薬なのだそうだ。

空中ブランコ』 奥田英朗:著/文藝春秋:刊/1,238円+税

5編を収めた連作短編集で表題の「空中ブランコ」は、サーカスの空中ブランコ乗りの男、山下公平を主人公とした話柄。公平は、ある時期から空中ブランコの失敗を繰り返すようになり、相方の悪意によるものとばかり思い込んでいるが、じつは公平自身の神経障害が原因とわかり、近くの総合病院の神経科で治療を受ける。

この神経科の医師は院長の跡取りだが、素っ頓狂この上もない男で、公平に頼んでサーカス見物に通い、すっかり入れ込んだ挙げ句、自分も空中ブランコに挑戦する始末。

サーカス団も近代化し、会社組織で団長は社長、軽業師は演技部員と呼び、大卒も多く採用されているという実体も新鮮だが、何よりもこの神経科の医師のキャラクターがマンガチックで魅力だ。

この医師、伊良部一郎は、全5編を通じて三枚目の役割を果たしており、読みようによっては“主役”とも受け取れる。

「ハリネズミ」では、先の尖ったものを見ただけで(サンマの口先でも)狂ってしまうヤクザの治療にあたり、「義父のヅラ」では、義父のカツラの頭部を見ただけで平常心を失ってしまう医学部教師、「ホットコーナー」では、スランプの野球選手の治療などが題材だが、どれもみな並みのおかしさではない。直木賞受賞作。

花籠の櫛』 澤田ふじ子:著/徳間書店:刊/1,700円+税

京を舞台にした時代小説短編集で、7編から成る。第1話「辛い関」は、京の職人の娘で、近江大津で材木商を営む親戚の家に女中奉公に出された14歳のお八重の話。

お八重は、陰日向なく働くが、盆暮れの休暇も与えられず酷使され、ある日ふらふらと店を出て、両親の許に帰ろうとする。京と大津は関一つ越えればすぐだった。だが、その日に限って、関の警戒は厳重だった。京に強盗事件が発生したためである。山中を越えようとしたお八重はあっけなく捕らえられる。関所破りは、はりつけである。お八重は即座に磔刑に処された。

第2話「花籠の櫛」は、京のそば屋で働くお伊奈と呼ばれる17、8の娘の話。夫婦でそこの常連になっている小間物問屋の太兵衛・お登世はお伊奈を気に入り、養女に迎えようとする。

ある時、太兵衛が婿養子であるかのように振る舞うと、お伊奈は突如、男は小糠三合あったら婿になるものじゃないと、いつもとは違った態度で言うのに驚かされる。お伊奈の髪には高級な象牙の櫛が挿されてあった。2人はお伊奈の出自の謎に関心を抱くことになる……。

各編独立してはいるが、それぞれが京の暮らしを彷彿とさせ、細部の描写が見事。たとえば、そば屋のにしんそばなど、喉がごくりと成るほどだ。

(F・K)

※「有鄰」442号本紙では5ページに掲載されています。

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