Web版 有鄰

440平成16年7月10日発行

天童荒太と新『家族狩り』 – 人と作品

95年版を全面的に書き直した新たな物語

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天童荒太

否定的な作品を肯定的なトーンに

天童荒太著 『幻世の祈り』 家族狩り 第1部

天童荒太著 『幻世の祈り』 家族狩り 第1部

寡作なベストセラー作家である。2000年刊行の短編集『あふれた愛』以来の小説作品で、95年刊『家族狩り』を全面的に書き直した。文庫5分冊、今年1月から毎月1冊ずつ刊行し、5月に完結したところだ。

「99年に発表した『永遠の仔』が売れて、読者から数千通の反響をいただいた。そこには虐待、家庭内暴力、自殺願望などの苦しみが綴られていて、正直、かなり参りました。僕からの答えとして、“つらい世の中だけれど、生きるに値するはずだ”と、希望のある作品を出さざるを得なくなった。否定的な95年版の『家族狩り』をそのまま文庫にできず、肯定的なトーンで書き直しました」

95年版に、400字詰め原稿用紙900枚(!)を加筆した新たな物語は、「2003年4月27日」から時系列で進む。児童相談所の女性心理職員、内向的な美術教師、息子を亡くした中年刑事、摂食障害の女子高生……。傷を抱いた人物が点々と登場し、関わりあっていく。

「家族は、人間が生まれる母体で、つまり世界を形作っている母体だから、人間を考えようとして、家族を書くことになったんです。紛争や差別のない世界で、人それぞれが豊かに幸せに生きてほしい――。そう願って人間を書くとき、もっとも小さな共同体である家族の問題を抜きに語れなかった」

60年愛媛県生まれ。86年、「白の家族」で野性時代新人文学賞。演劇や映画原作を経て、93年、『孤独の歌声』で日本推理サスペンス大賞優秀作を受賞して本格デビュー。96年、『家族狩り』で山本周五郎賞、99年刊『永遠の仔』で日本推理作家協会賞――。寡作だが、いずれの作品も高い評価とファンを得ている。

「人にはそれぞれ言い分があって、どれが正しいとは一概にいえないと思う。ところが、一歩引いて相手の意見を聞く前に、簡単に解決を求める態度が主流になり、その態度のために、いろんな場所で人が苦しんでいる。僕は、登場人物が考え、意見し、葛藤しながら生きていく姿を追いかけるようにして小説を書きます。人物に学びながら僕自身が変化し、成長する。それが大事な収穫で、読者に提示できるものなんですね」

ゆったりと書いているようで、実は、変化は速い。1月の刊行開始後、校正段階でも何度も直しを入れた。作品と作家が競うように成長し、とりあえず完結した――。

「僕が書きたくて、読者が読みたいのは、『感情のぶつかりあい』だと思う。事件が起きたとき、加害者の側も必ず傷を負っている。深刻なことはイヤだとかわして飄々と生きてきたような人でも、まったく傷ついてないことはないはず。それぞれの傷に寄り添ってものをみることが重要で、ひそかに内面でぶつかりあっている状態まできちんと書いて提示したい」

演劇や映画の方法でリアリティーのある小説に

小説家になる前、“回り道”して覚えた演劇や映画の方法を、リアリティーのある小説作りに使っている。「カットバック」など編集技術を取り入れ、映像を切り替える。人物の感情がきわまってシャウト、「暗転」するのは芝居の手法……。「役者」として人物になりきり、それぞれの感情の底へ下りていって心理を探り、言葉にする。そんな迫真の演出で、“家族狩り”の場面はショッキングだ。狩りを行った真犯人は、ラストで明かされるが、一件落着はしない。

「小説の中で『正論』をいう人たちがいます。世界情勢におけるアメリカの意見も正論で、NOといえる人がいるの?と思うほど強いものだが、“マジョリティーの意見には、恐ろしい一面もあるのでは”との問いかけを持っておくことも大事です。さらに考えていこうという延ばし方で、明瞭な結末をつけなかった。

今、スパイラル状につらい出来事が起き、“うちの家族” “うちの民族” “うちの会社”が安全ならいいと、内向きにこもる傾向が強くなっている気がします。自分の子供と同じに、隣人の子供もかわいいと思えたらどうか……。愛情の対象を制限せず、それぞれが家族の概念を広げていけば、別の解決方法が見つかるような気がしている。今回の物語を書きながら生まれたテーマですね。読者への返事として、書けるだけのものは書きました」

文庫は5冊とも重版し、累計100万部と大ヒットしている。作家は再び、読者の反響を待つ――。

(C)

『家族狩り 第1部』・表紙

家族狩り
天童荒太/新潮文庫/①②③520円+税、④550円+税、⑤710円+税。

※「有鄰」440号本紙では5ページに掲載されています。

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