Web版 有鄰

440平成16年7月10日発行

有鄰らいぶらりい

チルドレン』 伊坂幸太郎:著/講談社:刊/1,500円+税

今、もっとも注目を集めている新鋭の、才気に満ちた小説。5つの物語から構成されていて、連作短編とも読めるし長編小説とも読める。1つの物語の登場人物が、設定の転換に伴って主客が変わり、その周辺の脇役も変わりながら展開するという趣向だ。

最初の編(章)は仙台駅前の銀行支店。若い鴨居が友人でストリートミュージシャンの陣内と、シャッターの閉まりかけたこの支店に飛び込んできたところから始まる。ところが、それに続いて入ってきたのが、2人組のギャング。ギャングは行員と4人を後ろ手に縛って人質とし、おかしなことに全員にお面をつけさせ、識別ができないようにする。陣内は放胆な若者で、ギャングにさからうが、するとギャングは発砲、その音によって警官隊が来て周囲を包囲するが、この仮面のおかげでギャングの計略は見事成功。仮面の狙いは何だったのか。

それから数年後。陣内は家裁の調査官になっている。独断と偏見とカリスマ性っをもった調査官で、少年犯罪を担当している。「チルドレン」は、その下で働く新参の調査官が主人公になって展開する。「レトリーバー」では銀行の事件で人質として知り合った盲人の若者が活躍。いずれも奇想天外なストーリーに快哉を叫びたくなる。

雨の日のイルカたちは』 片山恭一:著/文藝春秋:刊/1,238円+税

ベストセラー『世界の中心で愛をさけぶ』で初めてこの作者に出逢った読者にとっては、本書は少なからぬ戸惑いを禁じ得ないだろう。作風がまるで違うのだ。「アンジェラスの岸辺」「雨の日のイルカたちは」「彼らは生き、われわれは死んでいる」の短編と、中編、「百万語の言葉よりも」の4編を収めているが、いずれも深い思索からつむぎ出された作品だ。

中編の「百万語の言葉よりも」をまず紹介すれば、これは死者との対話の物語。2児を抱えた多恵は、ある日、夫に急死される。夫婦相愛の平和な家庭だった。ところが夫の急死により、意外な事実が明るみに出てくる。夫に愛人がいたのだ。結婚さえ約束していた。夫が最後まで愛していたのは、その女だったのだろうか。

多恵は、ある祈祷師を訪ねる。「夫はまだ成仏していない」と告げられる。祈祷師のいうところによれば、多恵と夫とその女の、前世のからみは濃密なものだった……。

夫の墓参の帰途、多恵は、海のかなたに勢いよくはねるイルカを見る。その光景が象徴的だ。他の3作品でも、イルカの跳梁がシンボリックに描かれている。現代社会に生きるわれわれの、閉鎖的で出口のない無気力な日常に対するあざやかな暗喩として心に残る。

日本の美 その夢と祈り
宗 左近:著/日本経済新聞社:刊/2,500円+税

本書は世界文化史的視野の中で日本の芸術を考え続けてきた著書が、縄文以来の土器土偶、翡翠作品、焼きもの、絵画、書などの古美術から和歌、俳句、現代詩などのポエジーまで広範にわたる美の根底にある魂は何か、を考察したエッセー集。

最初に縄文。縄文とは、まず芸術であり、どこまでも芸術である。では、芸術とは何か。宇宙を生まれさせ、運行させ、死なしめる巨きな基本の力(父母未生以前)の表現、それが芸術だと、著者は考える。そこで著者は宇宙物理学者ホーキング博士の「無のゆらぎが有を生む」という言葉を引用する。無がゆらぐその時、時間、空間以前に戻る。そのときの祈りが芸術だというのだ。

現代俳句についての思索も警抜だ。「わたしとは、他者です」というアルチュール・ランボーの視点に立って現代俳句を見るとき、ほとんどが虚子以来の外界写生に従っているため、“他者”であるわたしの顔は出ないとし、例外的な作品に注目する。たとえば、平井照敏の句。<抜殻の蝉の歩みて行くごとし>。著者が、川端康成の「末期の目」に対して、“末路の目”(絶望したままの目)に注目し、一切を空しいと観じた目こそ冴えた光がある、というのも示唆に富む。

上司は思いつきでものを言う』 橋本 治:著/集英社新書:刊/820円+税

なぜ上司の思いつきがまかり通るのかについて、著者は「古墳の副葬品とする埴輪の製造販売」会社という珍奇な架空の例をあげて語る。

人々が次第に古墳をつくらなくなり、業績不振となった会社は、社のノウハウを活かした新展開のアイデアを部下に求める。しかし、部下が埴輪を部屋に飾る美術品として売り出すという提案を重役会で行うと、重役たちはやはり副葬品としての埴輪にこだわって、話に乗らない。会議が行き詰ったとき、1人の重役が「いっそ会社の空きスペースを利用してコンビニを始めたら」と発言をすると、たちまち可決されるという話である。その理由は、部下の提案の「古墳を作ろうとする人は、だいぶ前からいない」という前提が、現状認識を怠った上司の責任を問う暗黙の言葉になるからというのである。

話は、ここから大きくなった会社組織に共通する「現場と会社の分裂」、現場と関係なく会社自体を管理する総務部と官僚組織の相似などに発展。さらには、現場の声を聞いて「世界一の経済大国」になった日本が転落したのは、「思いつきだけでものを言う上司」になったからという指摘に及ぶ。潜在的な儒教の影響を語るなど普通のビジネス書にはない魅力だろう。

(K・F)

※「有鄰」440号本紙では5ページに掲載されています。

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