Web版 有鄰

438平成16年5月10日発行

海から生まれた神奈川 – 特集2

藤岡換太郎

2つのプレートの上に乗っている神奈川県

神奈川の大地はどのようにしてできたのでしょう?

日本列島誕生の神話には、「いざなぎ」と「いざなみ」の国生みの話があります。最初に「おのころじま」(淡路島)ができ、そののち、次々と大八洲が形成されていく過程が物語られています。しかし、残念ながら神奈川の大地の発生に関する物語は無いようです。

また、神奈川という地名の由来に関しても、「神奈河」「神名川」「上無川」など諸説あるようで、残念ながら私はよく知りません。

大地の動きを人間の尺度で見ると、不動不変のように見えます。しかし、ボブ・ディランの詩「風に吹かれて」の

How many years must a mountain exist?
Before it is washed to the sea
(幾年月、山は存在し続けるのか/海に洗い流されてしまうまえに)

という一節や、中国の故事「桑滄之変」でも知られるように、「動かざること大地のごとし」と言われた大地が実は不変でないことに人々は気づいています。特に日本列島に住む我々は、身をもって知っています。

神奈川の大地も、富士山の噴火、関東大地震や小田原地震などで短時間のうちに大きく変動してきました。

大地の成り立ちは、時間の尺度を地質学的尺度に替えて自然をみると、よくわかります。

現在の神奈川県の地勢をみると、西部と北部には山地が発達し、東部には関東平野へとつらなる平地が卓越しています。そして南部には広大な太平洋へつながる東京湾や相模湾が広がっています。

神奈川県の大地の歴史は、今から約1億年前にまでさかのぼることができます。

最近の研究の結果、伊豆半島を含む箱根地域はフィリピン海プレート、それ以外の県域は北アメリカプレートと、2つの異なったプレートの上に乗っていることがわかっています。そのため、神奈川の大地は、さまざまな時代のさまざまな岩石が寄せ集まってできた、箱根の「寄せ木細工」のようなものなので、地球科学的にもたいへん注目されています。

時代の異なるさまざまなブロックが寄せ集まってできた日本列島

地球儀を眺めると(最近の地球儀には詳細な海底地形が含まれています)、日本列島は、細長い弓形に張り出した特徴的な地形をしていることがわかります。

このような地形は世界中のあちこちに認められます。そして、これらの地域は、火山や地震などの地殻変動が活発であるという共通の地球科学的特徴を持っていることがわかっています。このような特徴を持った構造を「島弧――海溝系」と呼んでいます。

アジアの東端に弓形に張り出した日本列島は、東北日本弧――日本海溝、西南日本弧――南海トラフなど、いくつかの島弧――海溝系が寄せ集まってできたものです。長い間鎖国を敢行し、外敵から侵略されなかったのは、その地形的な特徴のゆえでもあろうと思われます。

しかし、時間を戻していくと、日本列島は現在とは似ても似つかない相貌を呈していたことがわかっています。

日本列島の成り立ちについての考え方は、プレートテクトニクスの考えが提唱された1970年代の前と後とでは大きく変わりました。現在では次のように考えられています。

日本列島には3億年より古い地塊が北上山地や阿武隈山地、その他の場所に点々と分布しています。このような岩帯は、現在の日本列島でできたものではなく、別の場所で形成された後、プレートによって昔の沈み込み帯に運ばれ、付加したものです。

そのような古い岩帯はおおむねジュラ紀(約2億年前)の頃に最初の日本列島の骨組を形成します。その後、太平洋プレートの沈み込みによって日本列島には大規模な付加体(海溝にたまった堆積物がプレートの沈み込みにともない陸に押しつけられてできた地質体)が発達します。

第三紀(約6千万年前)になると、東北日本で海底火山活動が活発に起こり、堆積物や火山性の堆積物が寄せ集まり、それらが後に隆起して山脈を形成します。今から200万年前頃には現在に近い形ができあがり、それ以降にも伊豆半島の衝突、飛騨山脈の上昇や主な火山の活動の開始によって、現在の日本列島ができあがっていきます。

そういう意味で、日本列島は大小さまざまな、時代の異なるブロックが寄せ集まってできた礫岩である、と言えます。つまり日本列島は神奈川の大地より規模の大きな寄せ木細工なのです。

最古の地層は太平洋プレート上に堆積し付加した小仏層

神奈川県最古の地層は、小仏峠付近に出現する、太平洋プレートの上に堆積し、付加してできた小仏層で、砂や泥が固まった岩石です。

足柄地域に産出する岩石はフィリピン海プレートの上に堆積したもので、やはり付加して岩石になったものです。

丹沢山地

丹沢山地
(神奈川県立生命の星・地球博物館提供)

丹沢山地の周辺には海底火山の活動によってできた溶岩や火山砕屑岩が分布しています。また丹沢の中心部には花こう岩類が産出しますが、これらは昔の伊豆・小笠原弧の地殻の化石です。

三浦半島の葉山周辺には、蛇紋岩などのオフィオライト(プレートの沈み込みにともない陸側プレートに付加または陸化した海洋プレートの断片)と呼ばれる岩石が分布していますが、これらは房総半島の嶺岡山地に産出するものとよく似ています。

火山活動やその産物も神奈川県内の至るところに見られます。

箱根火山や相模湾の中にある海山などは、太平洋プレートがフィリピン海プレートの下に沈み込むことによってできたもので、箱根や富士の噴火や溶岩の流出による火山性堆積物が周辺の大地を形成しています。

地質学者や化石の研究者は現地の地質調査や研究室の中での解析によって、この複雑な寄せ木細工のからくりを繙いていきます。

伊豆・小笠原弧の衝突によって成長してきた神奈川の大地

伊豆・小笠原弧北部の海底地形

伊豆・小笠原弧北部の海底地形(画像をクリックして拡大)
日本海洋データセンターのJ-EGG500を使用。町田嗣樹作成

神奈川県の南には大島から小笠原群島へと南北に島々が連なっています。これらは、伊豆・小笠原弧と呼ばれる海底大山脈の一部が海上に頭を出したものです。陸の上から眺めると、ただ青々とした海と小さな火山島しか目に映りませんが、その下の海底は大変複雑で、大きな地形を呈しています。

この伊豆・小笠原弧は南北1,200キロ、幅400キロに及ぶ大きな構造で、その大きさは東北日本全体に匹敵します。ここでは東から西に、水深6,000メートルを超える深い海溝、前弧斜面、火山フロント、背弧凹地、背弧雁行山脈、背弧海盆という配列が規則正しく南北に認められます。

これらの構造は、今から4千万年前から、太平洋プレートが伊豆・小笠原海溝から沈み込みを続けて火山活動を引き起こしたことによってできた産物です。さらに、海底火山の活動にともなう金属鉱床や化学合成生物群集などの存在も知られています。

また、フィリピン海プレート上に形成されている伊豆・小笠原弧は、プレートの北上にともなって日本列島にぶつかっており、そのことによって、巨大地震が起こっています。関東地震や小田原地震とそれに伴う津波によっても大きな被害を被っています。

過去の地震の爪痕は地滑りや、地面がずれてできた断層などとして残されています。地震は、もちろん人類が生まれる以前から繰り返し起こっており、それらは三浦半島などに残っている断層や活断層(将来活動して大地震を引き起こすかもしれない断層)によって読みとることができます。

このように、神奈川の大地は南の海から攻めたてられて成長してきました。現在と同様に、過去にもフィリピン海プレートの衝突と付加が繰り返し起こっていました。そういう意味で、神奈川の大地は海から生まれたのです。

このようなシナリオが描かれるようになってきた背景には、伊豆半島が、日本列島ではなく、フィリピン海プレートに属しているということを見抜いた杉村新氏の卓抜した考えがありました。

平成3年に出版された有隣新書『南の海からきた丹沢』では、丹沢の地質やその周辺地域の構造、地震、化石などをとおして丹沢山地が多面的に描かれました。丹沢山地は南部フォッサマグナ(富士川の流域一帯)の一員で、南の海から北上し、本州に衝突したという考えが定着したころでした。それから10年の間に、神奈川の地質の研究は格段に進展してきました。

このほど有隣堂から上梓した『伊豆・小笠原弧の衝突』の「はじめに」で、このような神奈川の大地を、「地殻変動が活発な地域で、まさに、自然がつくり上げた博物館であり、地球科学を研究する上で重要な地域であるといえます。」と紹介しました。

本書を一読されると、今まで概略的に述べてきたことがさらに詳しくわかり、神奈川の大地の生い立ちを目の当たりにすることができるでしょう。

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藤岡換太郎 (ふじおか かんたろう)

1946年京都生まれ。グローバルオーシャンディベロップメント観測研究部長。理学博士。専門は海洋地質学。著書『深海底の科学』NHKブックス 1,070円+税、『深海のパイロット』(共著) 光文社 850円+税、『伊豆・小笠原弧の衝突』(共編著) 有隣堂 1,200円+税、ほか。

※「有鄰」438号本紙では4ページに掲載されています。

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