Web版 有鄰

438平成16年5月10日発行

有鄰らいぶらりい

へのへの夢二』 久世光彦:著/筑摩書房:刊/1,700円+税

最近、一種の復古ブームが起こったらしいが、竹久夢二といえば、ロマンチックで情緒的な女性像を描いて、大正期を中心に活躍した挿絵画家といったところが一般的な認識ではなかろうか。

女性との関係をめぐって、当時の赤新聞に<色魔>だの<女地獄>だのと書かれたことがあるというから、その道でも相当の剛の者だったらしい。晩年、肺を病み、長野の富士見高原療養所で亡くなっており、その最後の2週間の、夢とも現ともつかぬエロスの日々を描いた破天荒な小説である。

なにしろ、関係のあった女たちが、病院の霊安室に集まり、夢二の死ぬのを待ちながら酒盛りをする。夢二と「した」回数を競い合ったりしたあげく、取っ組み合いのケンカまで始めるのである。しかも、息もたえだえの夢二がこの間に2人の処女と関係。最後には、霊安室の女3人が裸でからみあった極彩色の猥画<女輪>を描いて死ぬ、という話である。

一方、療養所の院長で作家の筆名・正木不如丘をはじめ多くの画家、作家は実名で登場。まさに夢か現か、エロスの美と煩悩の滑稽さをとらえた、性の曼陀羅絵巻だろう。

夫というもの』 渡辺淳一:著/集英社:刊/1,400円+税

「あとがき」に代えたエッセー「夫は雲である」でこう述べている。

<空に浮かぶ雲のように いつもふわふわとして 頼りない>(若年)、<空を流れる雲のように たえず形を変えて定まらない>(中年)、<空をおおう雲のように 日がな家をおおって くすんでいる>(老年)。象徴的なとらえ方だ。

夫とは何なのか。わかっているようでいて、わからないことが多いのも、このように変貌かぎりないからだろう。著者は男が夫になるときから始めて、“濡れ落ち葉”になるまでを、独自の視点で総合的にとらえてみせる。

妻とのセックスは蜜月時代から中年時代へと変容していくが、ここで劇的に変わるのは妻が妻から母になったときだ。やがて夫の5割近くが妻に性的好奇心をもたないED(インポテンツ)になるという。中年の夫たちは、「仕事とセックスは家庭に持ち帰らない」という心境になるという。

中年の夫に厄介なのが「帰宅拒否症」だ。これは、必ずしも妻への嫌悪感が原因ではないといい、酒で癒される場合が多いが、<定年にいたれば、ほぼ全例が自然治癒にいたることは、まず間違いありません>。円満な夫婦生活のために、女性にぜひ一読を。

富士山』 田口ランディ:著/文藝春秋:刊/1,286円+税

日本の象徴・富士山にちなんだ4編の短編連作で、「青い峰」「樹海」「ジャミラ」「ひかりの子」を収めている。

富士にちなんだ作品といえば<富士には月見草がよく似合う>の名文句で知られる太宰治の『富嶽百景』をいやでも思い出さざるを得ないが、この連作4編も、それぞれ印象深い傑作だ。

「青い峰」は、医学部を中退して、富士の見える町でコンビニのチーフをやっている若者が主人公。大学時代、狂信的な新興宗教の教団(オウムを連想させる)に入って、富士山麓の道場で修業した経験があり、今は脱会しているものの、心の空洞を満たしてくれる唯一のものが、富士である。

「樹海」は“呪海”といわれる自殺の名所、富士の裾野の樹海にキャンプに入っていった若者たちが、首吊りに失敗して、気息奄々の男に出遭う話。

「ジャミラ」は東京でのサラリーマンを辞めて富士の見える郷里の町の市役所に勤め、環境課で働く男が、ありとあらゆるゴミを拾い集めてきてその中で暮らしている老婆と交渉に当たりながら、不思議な境遇に目覚める話。

「ひかりの子」は看護師の女性が、女だけの富士山ツアーに参加し、罪の意識を浄化させる感動的な作品だ。

妖怪といわれた男 鳥居耀蔵』 童門冬二:著/小学館:刊/1,600円+税

“妖怪”といわれた男・鳥居耀蔵は天保12年(1841年)、老中首座水野忠邦により、幕府目付から江戸南町奉公に起用された。全国で飢饉が相次ぎ、物価が高騰、鼠小僧が話題を集めた直後だ。水野忠邦はこのため、天保の改革を断行することとし、その片腕に鳥居耀蔵を抜擢したのだ。

南町奉公所と月替わり当番の北町奉公所には、遠山の金さんの愛称で人気の遠山景元がいたが、鳥居耀蔵は辣腕家として恐れられており、改革の推進役としての役割をになわせられたのだ。

水野忠邦の改革の狙いは、江戸の町を質実剛健な江戸開府の昔に戻すことだった。武士も町民も奢侈的生活に慣れきっていた。そこでこれを幕府創建の時代に戻そうというのだ。

耀蔵は幕府指定の朱子学者を父にもつだけに、大塩平八郎を弾劾して認められたことがあり、蛮社の獄においては、渡辺崋山や高野長英ら開明派の学者らをとらえ、畏怖されていた。

しかし天保の改革は失敗した。反対が強かったのだ。鳥居耀蔵は讃岐・丸亀藩の京極家に蟄居させられた。解放されたのは23年後、明治維新になってからだ。

著者は、<現代でいえば><今でいえば>と、この歴史を現代の構造改革に重ねて、小説風に解説している。

(F・K)

※「有鄰」438号本紙では5ページに掲載されています。

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