Web版 有鄰

436平成16年3月10日発行

綿矢りさと『蹴りたい背中』 – 人と作品

“最年少芥川賞” 受賞作

綿矢りさ
綿矢りさ

10代の屈折、内と外のギャップを描く

第130回(平成15年度下半期)の芥川賞は、1月8日に候補5作が発表されるや話題を巻き起こした。5人のうちふたりが20歳、ひとりが19歳。選ばれれば、芥川賞の「最年少記録」を更新することになるからだ。

そして15日、金原ひとみ『蛇にピアス』、綿矢りさ『蹴りたい背中』の受賞が決まった。昭和59年生まれの綿矢さんは19歳で、“最年少芥川賞”である。

<語呂がいいですよね。「最年少芥川賞」。でも自分では年齢のことは意識していません>と、当人は、『文藝春秋』3月号のインタビューで答えている。選考会後の会見には白いカーディガン、グレーのスカートという清楚な装いで現われ、「きっかけも思い出せないほど自然に書き始めました」と話していた。

京都府生まれ。高校3年のときに『インストール』を書き、「文藝賞」を受賞、デビューした。現在、早稲田大学教育学部在学中で、力みなくおっとりとした外見だ。だが小説では、今どきの10代の屈折、内と外のギャップをしっかりと描いている。たとえば「蹴る」という心情である。『蹴りたい背中』の主人公ハツは高校1年生で、「オリチャン」というモデルを追っかける少年“にな川”に微妙な感情を抱く。やがて少年を「蹴る」動作に至っていく──。

<いためつけたい。蹴りたい。愛しいよりも、もっと強い気持ちで>

そういえば、人同士が引かれあう気持ちは、「憧れ」や「愛している!」といった単純な表現で書けるものではない。そんな世界の複雑さ、面白さに、静かに目を凝らしている。これから広がりゆくだろう若い10代の視線だ。

「日焼けしてすばしっこそうな子が、実はギャップを抱えて、生きるのが辛くなってきている。そういう子が魅力的に思えて、書きたくなりました。自分も人に対してむりやり笑うことがあるので、そんな気持ちを大げさに書いてみた。クヨクヨ、ウジウジ考えていることを文章にするのは、楽しくはないけれど書きやすいですね」

登場人物は少ない。舞台はマンションや学校、初めて行ってみたコンサート会場などだ。「自分の世界はすっごく狭い」という。小説を書くときは、読んだ本から大きな影響を受けている。引きこもりの女子高生が風俗チャットのバイトをする物語『インストール』は太宰治の影響を受けていた。子供のころから本が好きで、カニグズバーグ『クローディアの秘密』を小学校で愛読。高校になり太宰治、三島由紀夫、山田詠美、よしもとばなな、村上龍――を読んだ。好きな作家として、田辺聖子、山田詠美、大道珠貴、太宰治――をあげる。

高校生活という狭い範囲を捉えながらも幼くはない作者の目

『蹴りたい背中』は、1年がかりで書いた。<心にへばりついた言葉だけを選んでパソコンの白い画面においていくのに熱中した>(「受賞のことば」)という。

「原稿用紙5枚くらいなら投げ出すけど、10枚書いたらいきなりガーッと気持ちが切り替わりますね。『ここまで書いたら、最後まで書かな損や』と。1人で書いているときが一番興奮しています。登場人物が大声で主張している展開になる。少しおいて読み返して、すごいな、これは引くな、どこで間違ったんやろう――と、削る」

書きあがり、『文藝』平成15年秋号に掲載。9月刊行の単行本は、「言葉にできない気持ちが書かれていてびっくりした」(10代読者)などの反響を呼んでいた。芥川賞でさらに売れ行きが跳ねあがり、2月12日現在、『蹴りたい背中』60万部、『インストール』40万部の大ベストセラーになっている。

また、芥川賞受賞作を掲載した『文藝春秋』3月号(2月10日発売)は、80万部を数日で完売、増刷し、「100万部」に達した。ビジネス街で中高年男性が買っているという。淡々と静かに生活している女子大生が、社会の「目」を小説に引き寄せたのだ。

<少年が憧れるオリチャンというアイドルを、女子高生は「幼い人、上手に幼い人」と思う。このような醒めた認識が随所にあるのは、作者の目が高校生活という狭い範囲を捉えながらも決して幼くはないことを示していて、信用が置ける>と、『蹴りたい背中』について高樹のぶ子さんは評している。

「狭い」立地点から伸びようとする10代の視線を、40―70代で構成する10人の選考委員が「贈賞」という形で受け止めた。そんな現象なのである。

(C)

『蹴りたい背中』・表紙

蹴りたい背中
綿矢りさ/河出書房新社/1,000円+税

※「有鄰」436号本紙では5ページに掲載されています。

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