Web版 有鄰

435平成16年2月10日発行

有鄰らいぶらりい

後巷説百物語』 京極夏彦:著/角川書店:刊/2,000円+税

先の130回直木賞で受賞作に決まった作品である。中編6作を収めている。

江戸を舞台としたこれまでの作品から数十年後、明治維新まもない時代を背景としている。各話の初めに登場する4人の人物がおもしろい。いずれも元サムライだが、今は東京警視庁一等巡査(今の巡査と違って相当に偉い)矢作をはじめ、洋行帰りの合理主義者、剣術使いの町道場主、貿易会社員。

怪奇な難事件を抱えた矢作が、この3人に話をすると、合理派、神秘派いり交じって、丁々発止、ののしりあいの論争になるが結論は出せない。そこで、4人は一白翁と名乗る隠居に知恵を借りに行くが、この老人、実の名は山岡百介。不思議な話を集めて全国を回っていた「百物語」ではなじみの男の数十年後の姿である。百介の話は4人を納得させ、矢作に難事件解決のめどを与える運びとなる。

百介の話の中心人物は「――御行奉為」と鈴を鳴らす、これもなじみの御行の又市。怪異を謎解いていき、4人をうなずかせた百介の結論にも、また裏があるという凝った構成になっている。

百介の言う「世に不思議なし、世、すべて不思議なり」が、この小説の主題ともとれる。

夜盗』 なかにし礼:著/新潮社:刊/1,400円+税

よくできたミステリー・ロマンだ。主人公・柏田源吉は定年間近な刑事。戦時中フィリピンで生まれ、戦争で父を亡くし、母も病没、天涯の孤児で、養護施設で育った。高校卒業後、警察学校に入ることができ、神奈川県下で刑事として活躍中。

その柏田が今、直面しているのが、連続夜盗事件だ。狙われたのは高級住宅街の外国人の住宅ばかり。かつて同様の事件が3件あり、手口が似ていた。

源吉の親しくしている女性に、「マリアの家」という孤児院をやっているマリアがいる。朝鮮戦争のころ、米国兵と日本人女性の間に生まれ、捨てられた孤児だ。妻に先立たれ、子供もいない源吉は、たびたび「マリアの家」の孤児たちを慰問に行き、マリアと結婚したいという気持ちが高まっている。

だが、気になることがあった。外国人宅を狙った連続夜盗事件である。現場には指紋も残っていないが、大人の靴にしては小さすぎるスニーカーの足跡が共通している。あるとき、子供たちと戯れるマリアの足もとを見ていた源吉は、ハッとなるのだ。マリアには弟がいた。血のつながらない弟だ。生後間もなく教会の入り口に捨てられていた。マリアは、その子を弟としてずっと面倒をみてきた。そのことと何か関係が……?

瑠璃の翼』 山之口 洋:著/文藝春秋:刊/1,905円+税

昭和14年(1939)のノモンハン事件における日本空軍の活躍を描いたドキュメンタリー・ノベルの力作。ノモンハンは日本が建国した満州国と、モンゴル人民共和国(外豪)の国境付近の草原地帯にある土地だが、この一帯をめぐって双方の国境の主張が食い違った。これが紛争の原因である。

紛争によって戦火を交えた相手は、モンゴルではなく、ソ連だった。ソ連は圧倒的な空軍力を動員してノモンハン一帯を制圧しようとした。これに立ち向かったのは、陸軍の飛行第11大隊だ。その字形をもじって“稲妻戦隊”の異名を持つ精鋭部隊だった。このドキュメンタリー・ノベルは、この中隊長として活躍した野口雄二郎中佐を中心に描かれる。

緒戦では500機の空軍で攻め込んできたソ連軍に対し、日本軍は、わずか80機で応戦、しかし圧倒せん滅する戦果を挙げた。ソ連側はいったん退いた後、さらに空軍力を増強するとともに、陸上でも戦車隊、装甲車などを動員して再攻勢に出てくる。日本軍は空前の苦戦を強いられる。

飛行機が好きで、戦闘機を自由に操って、空中戦を展開する男たちの世界に迫力がある。著者は主人公の孫。詳細な調査に安心がもてる。

姥ケ辻
宇尾房子・千田佳代・道林はる子・吉住侑子:著/作品社:刊/1,600円+税

年輪を重ねた女性作家4人が各2編、計8編の短編をまとめた作品集。それぞれ年輪にふさわしいテーマを、彫琢された文体で描いており、高齢化社会の文学として興味深い。

宇尾房子の「花ばたけは春」は、風景画を趣味とする独身の老女が、春の1日、近くの農業学校のお花畑に、さまざまな野花の咲き乱れる風景を見に行くという設定。静かな感興が伝わってきて、心が洗われる。

千田佳代の「ねこじゃらし」はアパート住まいの独身女性が主人公。友人に、家の中で2匹の猫、庭に4匹の猫を飼い、近所の野良猫13匹に毎日餌を運んでいる猫好きがいるが、彼女は別に猫好きというわけでもないのに、毎晩白黒のブチ猫がやってきて、彼女のベッドの上で寝ていく。そんな日常を淡々と描いた作品だ。

道林はる子の「気配」。体調も思わしくなくなった老夫婦の日常を再現、リアリティがありながら、ほほえましい。

吉住侑子の「遊ぶ子どもの声きけば」は、老境になっても洗い流されない人間の業に光をあて、この作家の作家魂をうかがわせる。ホラー的な要素も盛り込んで、この世界に引き込んでいく手腕に感心した。

(S・F)

※「有鄰」435号本紙では5ページに掲載されています。

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