Web版 有鄰

432平成15年11月10日発行

有鄰らいぶらりい

ケータイを持ったサル』 正高信男:著/中公新書:刊/700円+税

現代人、とくに若者が、携帯電話(ケータイ)でメールをやり取りしているのは、ニホンザルが仲間と交わす音声によるコミュニケーションと変わらない、と著者は言う。

バカにするなと怒ってはいけない。著者は京都大学霊長類研究所教授であり、とくに比較行動学を専攻しているサル学者である。通勤の電車などで、10代男女の奇矯なふるまいをよく目にして、「まるで珍種のサルのような」と思ったとき、「サルの専門家が珍種にただあきれていてどうする」と気づき、一念発起してこの本を書いたという。

ニホンザルは仲間が自分から離れたときに声を出し合うことが多い。姿は見えなくとも仲間が周辺にいることを確認して一体感を確かめあっているのだろうという。これはいままで会っていた若者たちが、別れるとすぐ、元気? などと意味のないメールを交わすのと同じである。

ケータイだけではない。ニホンザルのメスが、ほとんど生まれた集団で一生を送るのと同様の現象が、最近問題のひきこもりやパラサイト・シングル、ひいては少子化に現れている。電車内の化粧や飲食にしても、私的なものを公的な場所に持ち込んだサル同様の母子密着社会に通ずるというのである。

医者と侍』 二宮陸雄:著/講談社:刊/1,800円+税

江戸中期、エゾ地は、しばしばロシアの艦船に襲撃された。このため、幕府は津軽藩に命じ、その警衛に当たらせた。暖房も不十分な酷寒の辺地に派遣された津軽の藩士・郷夫らは、そこで次々と原因不明の病気におかされ、71人もの死者を出した。患者は皮膚などに赤い斑点が出るのが特徴だった。現地のエゾ人は罹患しなかった。

この作品はその警備の一員として派遣された若い医学徒の悪戦苦闘の研究を描いた歴史小説である。

話は、津軽で6万4千人もの餓死者を出した天明の飢饉にさかのぼる。土地を捨てた農民たちは一揆に立ち上がった。指導者は斬り殺され、餓死したその妻は家ごと焼かれる。この小説の主人公・村井慎之助は、この夫婦の子だった。群奉行下役に養子として引き取られ、医師を志して江戸に出てオランダ医学を学んでいた。その矢先、藩命でエゾ地警衛に加えられたのだ。

原因不明で藩士・郷夫らが相次いで倒れるなか、オランダ医学書を研究し続ける慎之助は、それが壊血病であることを突きとめ、予防用の大根やスダチの急送を藩に依頼。だが手配は遅れる。そして、エゾ警衛の功で津軽藩は7万5千石から10万石に加封されるのだ。作者は医師。

国語力アップ 400問
NHK放送文化研究所日本語プロジェクト:著/NHK出版:刊/660円+税

本を読まない若者が増えるとともに、言葉の貧困、乱れが問題になっている。その一方では国語力についての本が次々に出てよく売れている。

小説でもノンフィクションでも、本に親しんでいれば、こんなハウツー本を読まなくても自然に分かることになるのにとも思うが、どんな形であれ自分の国語力を知るのは悪いことではなかろう。

この本は選択式の「国語常識問題」と記述式の「漢字問題」にわけ、各200問。文字どおり、日本語の力をためしている。NHK放送文化研究所がそのホームページで出題した「国語力テスト」の10か月分をまとめたもの。

問題ごとに回答者の正答率を記しているので、読者は自分の実力をはかることができよう。ただし、インターネットでは、1問30秒の制限時間があったというから、無制限に近い本の場合はその分、割り引く必要がある。

ちなみに「常識の」第1問は「( )矢のごとし」のかっこを「(a)人生(b)逃亡(c)光陰」から選ぶもので正答率は96%。「漢字」は「一期一会」の読み方で正答率は89%。

正答率の低かった漢字問題は、「憾(うら)み」(11%)など。最近問題の敬語の使い方もあり、試してみてはいかがか。

やつあたり 俳句入門』 中村 裕:著/文春新書:刊/680円+税

書名の印象とは違って、なかなか鋭く正鵠を射た論考。俳句の一つぐらいひねらない人はいないといわれる時代だけに、興味深い指摘が展開されている。

俳句といえばまず芭蕉だ。俳諧から俳句を独立させた先駆者として知られるが、著者は芭蕉の俳句が「日々の生き方を重ねて追及した」ものであったと指摘し、その背後に人生の挫折があったことを論証する。

子規の俳句革新から新興俳句運動まで論考していくなかで、最も重点が置かれ、かつ興味深いのは、高浜虚子の功罪についてである。子規から「ホトトギス」を引き継いだ虚子は、経営者的手腕によって同誌をベストセラー誌にのし上げ、客観写生、花鳥諷詠を理念に掲げて“家元制度”を確立して今日の俳句隆盛の基盤を作った。

この間、子規門下で、すぐれた俳人だったライバル河東碧梧桐の存在を低下させていく。だが、碧梧桐こそ子規の俳句の革新性を引き継いだ重要な俳人で、この存在を忘れるべきでないという説得には力がこもっている。

現代俳句は、その後、秋桜子、草田男などによって継承発展してきた一方、無季無定型の新興俳句も登場して多彩となるが、ともあれ本書は、“自分の作品”としての俳句の重要性を示唆して貴重だ。

(S・F)

※「有鄰」432号本紙では5ページに掲載されています。

『書名』や表紙画像は、日本出版販売 ( 株 ) の運営する「Honya Club.com」にリンクしております。
「Honya Club 有隣堂」での会員登録等につきましては、当社ではなく日本出版販売 ( 株 ) が管理しております。
ご利用の際は、Honya Club.com の【利用規約】や【ご利用ガイド】( ともに外部リンク・新しいウインドウで表示 ) を必ずご一読ください。
  • ※ 無断転用を禁じます。
  • ※ 画像の無断転用を禁じます。 画像の著作権は所蔵者・提供者あるいは撮影者にあります。
ページの先頭に戻る

Copyright © Yurindo All rights reserved.