Web版 有鄰

426平成15年5月10日発行

有鄰らいぶらりい

手紙』 東野圭吾:著/毎日新聞社:刊/1,600円+税

両親を亡くした2人兄弟。弟を大学へやろうと働く兄は腰を痛めて仕事ができなくなり、一人暮らしの裕福な老女宅へ忍び込むが、留守だと思った老女に騒がれ、はずみで殺してしまう。

残された弟は、人殺しの兄を持つ男として、次々と就職先で敬遠される。服役中の兄は、自分の行動が弟の進学をはばんだことを悔やんで謝りの手紙をおくり、定期的に獄中の近況を知らせてくる。

しかし、兄が原因で芽の出かかったロックグループのボーカルの仕事がだめになり、初めての真剣な恋にも破れた弟には“代りばえのしない毎日だが”と、様子を知らせてくる兄の手紙がのんきに見え、次第にうとましくなる。

最初は兄弟愛の話と思って読んでいくと、被害者の家族にくらべ無視されがちといわれる加害者家族への差別の話に思えてくる。しかし、これも、弟がようやく勤めた会社で倉庫係に左遷されたあと、仕事場に現れた社長から「差別は当然なんだよ」「会社にとって重要なのは、その人物の人間性ではなく社会性なんだ」という言葉で逆転する。

弟が兄と決別することを告げた直後、被害者の家族から知らされた意外な事実。差別という問題を深く衝いた力作である。

世界ビジネス ジョーク集
おおばともみつ:著/中公新書ラクレ:刊/700円+税

大蔵省の高官として、多くの国際会議に出た著者が収集した世界各国のジョーク。

韓国大統領がワシントンでクリントンと会うとき、閣僚が「英語を使いなさい」と進言した。How are you? と言えば、何か答える。そこでMe tooと言えばよい。しかし大統領はWho are you? と言ってしまった。驚いたクリントン大統領は、ジョークの分かる大統領にはジョークで返さなければと考えた。

I am the husband of lady Hillary。韓国大統領はMe too と答えたという。

この話が“夫まさり”と言われるヒラリー夫人を前提にしていることは明らかで、ほかにも夫人の話は多い。病院へ行った令嬢が医者に“注射を打つから両親の了解を取ってほしい”と言われた。ママに電話すると“ママは忙しいからパパに電話しなさい”。この話は、実際のことというアメリカ人もいるとか。

「社会主義諸国はなぜ友好国と呼ばれず、兄弟国と呼ばれているのだろうか」「友達は自分で選べるが、兄弟は選べないからだ」など、全体には旧ソ連など社会主義をからかった話が多い。ジョーク下手の日本人向きの本だろう。

釈迦と十人の弟子たち』 中村晋也:著/河出書房新社:刊/1,800円+税

日本芸術院会員の彫刻家である著者は、このほど釈迦十大弟子像を制作、奈良・薬師寺に奉納した。本書は著者がそれから十大弟子とどのように向き合い、それぞれの内面をどのように形象化したかを記し、啓示に富む。

キリスト教では12使徒の聖パウロ、聖ヨハネなど聖人の名を冠した教会が数多くあるが、仏教国日本では、釈迦十大弟子といってもあまり知られていないし、その名を冠した寺院もないようだ。阪神淡路大震災を機に、祈りとしてのMiserere(ミゼレーレ)の連作に取り組んだ著者は、スペインのサンティアゴの教会を参拝した際、安置されている聖ヤコブ像に、参拝者それぞれが触れて一体感を得ている姿を目撃し、強く感動したという。それが内面の動機となって釈迦十大弟子の制作にとりかかったのだという。

十大弟子とは、知慧第一の舎利弗、神通第一の目犍連、持律第一の優波離、説法第一の富楼那……などだが、著者はインド各地にこれら十大弟子の生誕の地を訪ね、修行の跡に足を踏み入れて、釈迦とともに歩むに至った経緯をしのんで造形のよすがとした。もちろんその根底には、釈迦に対する深い帰依がある。それぞれの像は本書の写真や、作品集『薬師寺 釈迦十大弟子』(光村推古書院)などで拝観できるが、折を見て薬師寺にも参拝したくもなってくる。

モルヒネ』 安達千夏:著/祥伝社:刊/1,600円+税

『あなたがほしい』で、すばる文学賞を受賞した作者が、5年ぶりに沈黙を破ったこの作品は、安楽死を凝視した奇妙な味わいのある長編だ。

語り手である私は、ホスピスへの派遣を主な仕事としているクリニックの30歳過ぎの女医。独身だが所長と婚約している。そこへ、かつてヨーロッパで消息を絶っていた恋人のヒデこと倉橋克秀が帰国、再会する。ヒデは回復不能の重症の脳腫瘍にかかっていて、ピアニストとしての将来もなく、安楽死を望んでいる。

医師でありながら私も、死亡願望が強い。医師となったのも、楽に死ぬことを研究するためだ。それは幼少時代の体験に由来する。母は投身自殺し、荒れ狂った父は毎日子供に暴力を振るった揚げ句、小学生だった姉を殺した。孤児となった私は養子にもらわれ、医師となったのだ。

私はヒデの頼みを入れて、安楽死を容認している世界で唯一の国のオランダへ随行する。薬局から安楽死用の薬品を携行した。同じホテルに泊まる。だが、翌朝、ヒデはベッドにいなかった。どこへ消えたのか……。独りで私は成田へ戻る――。死の美学とでもいうべき小説だ。

(S・F)

※「有鄰」426号本紙では5ページに掲載されています。

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