Web版 有鄰

424平成15年3月10日発行

有鄰らいぶらりい

マンボウ最後の名推理』 北 杜夫:著/青春出版社:刊/1,400円+税

「ドクトルマンボウ」こと北杜夫氏が久方ぶりに豪華クルーズ船に乗り、14、5歳の少年を連れた老人と知り合う。北氏が少年に向かって、船酔いしたらすぐ治してあげる、と威張ると、老人から、「あなたは下手糞な小説を書いている元は有名なヤブ医者の北とかいう人に似ておられるが、そうではないか」と言われ、あわてて否定する。

ところが出航3日目、デッキにデッキシューズと遺書と赤ワインの空き瓶を残して老人が姿を消す。自ら名探偵と称する北氏は、これは投身自殺ではなく殺人事件だと言って捜査に乗り出すが、誰からも相手にされない――。最後に本物の名探偵、明智小五郎とその助手、小林少年が登場する「にっぽん丸殺人事件」。

東京・世田谷の大金持ちで「日本史始まって以来のケチン坊」である金田鱗触という老人の死をめぐって、近所に住んでいる北杜夫という小説家が巻き起こす珍事件「梅干し殺人事件」。

自らを主人公に仕上げた笑劇(ファルス)2編に、ブラジルで実際にあった赤子売買事件を素材にした「赤ん坊泥棒」を加えた3編を収録。

たわいないところが、逆におかし味をそそる著者久しぶりのユーモア推理小説集である。

屋上のあるアパート』 阿川佐和子:著/講談社:刊/1,500円+税

自立を目指して、両親の反対を押し切って一人暮しを始めた27歳の麻子が主人公。引っ越し早々、オートロックのドアに締め出されたのが縁で知り合った隣室のマキ。

留学していたロンドンから一時帰国し、麻子の部屋に同居させてほしいと言う、小学校以来の親友、由香。ロンドンで知り合って結婚した商社員と、別れ話が出ているらしい。

2階にいる陽気なイタリア系アメリカ人のチャーリー。こうして麻子の部屋や、屋上で宴会を開き、語り合う、陽気な4人組ともいうべきアパート生活が始まる。

全体に流れるユーモアが楽しい。たとえば実家に帰った麻子に待ち構えていたお見合い話。仲人の夫人が、「彼はとっても優秀で、家族でダイヤモンドゲームをやっても、いつも一人勝ちしちゃうんだから」と紹介。麻子が趣味を聞かれて「まあ、寝ることぐらいでしょうか」と答えると「あら、健康的。睡眠は大事なんですよ」と夫人は言う。

<「まあ、お二人とも、とにかく、お偉いわ」
西夫人がわけのわからない総括をした。>

ユーモアだけではない青春のほろ苦い味がそこにあって話にリアリティを加えている。人の恋には、威勢のいい激励をする麻子だが、自分はすれ違いの恋に終わるのである。

勧学院の雀』 百瀬今朝雄・百瀬美津:著/岩波書店:刊/3,500円+税

サブタイトルに「故事古典初まなび」とあるとおり、日常のことわざ、故事、俳句の季語などを手がかりに、その奥にひそむ美学をさぐり出した呑気に富んだエッセーだ。表題の『勧学院の雀』からまず興味を刺激される。

「勧学院の雀は蒙求を囀る」ということわざだ。「門前の小僧習わぬ経を読む」の類であるが、勧学院とは平安時代の藤原氏の子弟教育の場で、そこでは「蒙求」を古典の教科書とし、これを漢音で音読させていた。意味がわかってか、わからぬままにか、それは雀のさえずりに似たりということになったのだろうという。

「勧学院の雀、蒙求を囀る」はまだしも、「雀蛤となる」の故事は少々むずかしい。だが、著者はこの意想外の故事も見事に解いて見せる。

また、芭蕉の「おくのほそ道」に、「象潟や雨に西施がねぶの花」という有名な句がある。西施が中国古代の傾国の美女であったことは、だれもが知っているが、本書は、この美女が歴史上どんな役割を果たしたのか、『蒙求』に基づいて解釈してくれる。

さらに、『おくのほそ道』の矢立初めの句「行春や鳥啼魚の目は泪」が、杜甫の「春望」と古楽府の詩からの連想であるとする指摘など、驚かされることばかりだ。枕辺においておきたい1冊。

中国大活用』 堺屋太一:著/NTT出版:刊/1,200円+税

中国は2010年に上海で万国博を開く。その規模は予想入場者が7千万人、会場建設費30億ドル。2005年の愛知万国博に比べて入場者で5倍、費用は3倍という大規模なものとなる。中国はまた2020年までにGDP(国内総生産)を4倍にすると、昨年秋の共産党大会で決定した。その前半、2010年までの倍増は確実になったといわれる。

そうした中で、日本向け輸出は2002年の1月―10月で、アメリカ向けを抜いて第1位になったという。

経済大国に向かってばく進する中国に対し、日本はいかに対応すればよいか。本書は冷静に具体例を挙げて示唆を与えてくれる。中国の大国化に問題がないわけではない。まず、一人っ子政策による少子化の傾向が、どのように影響をもたらしてくるか。企業の発展に欠かせない中間管理職の不足をどう補うかの問題も生じよう。底辺労働者の移動禁止がいつまで維持できるか、難問だ。

そうしたことを踏まえたうえで、日本は中国と役割分担をしていくべきだと提案し、その手法によってすでに成功している企業の例を紹介し、さらにそうしたビジネス・リーダーたちの意見を引き出している。ビジネス社会の未来像が浮かんでくる。

(S・F)

※「有鄰」424号本紙では5ページに掲載されています。

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