Web版 有鄰

423平成15年2月10日発行

山本一力と『深川黄表紙掛取り帖』 – 人と作品

江戸市中の厄介ごとを引き受ける裏稼業の顚末を描く

山本一力
山本一力

奇抜なアイディアで問題を処理

『深川黄表紙掛取り帖』(講談社)は、直木賞受賞後ますますアブラがのってきた山本一力氏の新作。元禄時代、「江戸市中よろず厄介ごと引き受けます」という4人組の事故処理の顚末を描く5話からなる連作だ。

4人はそれぞれ表稼業をもち、束ね役の蔵秀は、夏の間3か月だけ夏バテの薬を売る定斎売り。辰次郎は印形屋の次男坊で、絵草子本作家のタマゴ。宗佑は飾り行灯の職人で、明かりを使った細工ものの名人。雅乃は唯一女性で、小間物屋の一人娘だが絵師、という設定。

この4人組が裏稼業として厄介ごとの解決を引き受けるわけだが、最初に持ち込まれたのは、膨大な量の大豆の処理(「端午のとうふ」)。

日本橋の大きな雑穀問屋丹後屋は、毎年、水戸から50俵の大豆を仕入れていた。ところが今年、手代の手違いで500俵も注文してしまった。返すに返せない。さあ、どうしたらよいか、相談が舞い込んだわけだ。

4人は、これを1升ずつ袋に小分けし、500に1つの割合で金と銀の大黒様をひそませ、「招福大豆」として初売りに売り出すことにした。大豆は割高だったにもかかわらず大ヒット、たちまち売り切れてしまうという成功を収めた。だが後が悪かった。大豆の中に粗悪品が混じっていたのだ。さあ、どうするか。4人はまたまた奇抜なアイディアでその処理に成功する。

「広告宣伝の仕事を長いことやってきましたから、その当時、見聞きしたことがヒントになっています。大豆を小分けして福袋で売るアイディアは、自転車に乗っているときにふと思いつきました」

この連作には、山本氏が住みついている富岡八幡宮の裏手に、当時住んでいたという紀伊国屋文左衛門(紀文)も主要な人物としてしばしば登場するが、この紀文がからんだ話柄にこんなのがある。

紀文は手持ちの杉、檜の木材を大量に業者仲間に譲渡するという。値段は格安だ。こんなうまい話はない。その代金しめて10万両。ただ、紀文の出した条件は、これを為替手形ではなく、小判で払ってもらいたいというのだ。

相談を受けた4人組は考えた。5貫ずつ箱に入れても95個。これをどうやって運ぶか。3台の大型神輿をつくり、富岡八幡宮に祈禱をしてもらったうえで、わざと人目につくように、ワッショイ、ワッショイと紀文邸にかつぎ込んだのだ。注目を集めれば狙われることもなかろうと、逆張り戦法に出たわけだ。

それにしても紀文は、代金全額を小判にしてほしいなどと、なぜ危険な条件をつけたのか。4人組の謎解きがすごい。小判改鋳の情報を、紀文がつかんでいるからに相違ない。紀文は将軍御側用人の柳沢吉保とじっこんの間柄なのだ。小判に混ぜ物をして数をふやそうとしているのだ。その情報をつかんだ紀文が小判を集めて、濡れ手で泡の金儲けをたくらんだのである。

この謎解きのヒントとなったのが、おこわはモチ米だけでつくらず、少しだけ普通のお米を混ぜたほうがうまい、という家人の話だ。

「これは家内のおふくろに聞いた話なんです。当時、幕府は根津で秘密裡に小判の改鋳を計画していましたから、紀文がその情報を知らなかったはずはないと思うんです」

鮮やかによみがえる富岡八幡宮かいわい

山本氏は『家族力』というエッセーにも書いているように、生きていくうえでの家族の協力を大切にしている作家だが、この作品では、4人のチームワークの大切さも描いているのが、気持ちいい。

「人間は一人では何もできないと思うんです。小説を書く仕事だって、支えてくれる家内があり、原稿を読んでくれる編集者、それを店で販売してくれる書店、そして最終的には読者の協力です」

逆にいえば、一見不可能に見えるような難事でも、知恵をしぼり、ベストを尽くし、力を合わせればおのずと途は開けるということも、この作品は示唆している。

「景気が悪いから、何をやってもダメだと諦めるのではなく、人のせいにしないで、自分でベストを尽くすことだと思う。その意味で、この小説の4人組には若い人を登場させています」

人物のキャラクター、変化に富んだストーリー展開など小説としての面白さはどの作品にもあふれているが、もう一つ見逃せないのは、それらを支えている背景の的確さである。元禄時代の江戸の下町の風景と歴史、なかんずく富岡八幡宮の門前仲町かいわいの雰囲気が鮮やかによみがえり、人肌のぬくもりさえ伝わってくるような描写である。「テレビドラマ化の話もあるようです。続編はまだまだ書けます」――そうなったら、また楽しみがふえる。

(藤田昌司)

深川黄表紙掛取り帖

深川黄表紙掛取り帖
山本一力/講談社/1,600円+税

※「有鄰」423号本紙では5ページに掲載されています。

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