Web版 有鄰

419平成14年10月10日発行

有鄰らいぶらりい

半落ち』 横山秀夫:著/講談社:刊/1,700円+税

W県警の49歳のベテラン、梶警部が、こともあろうに妻を殺したとして自首してきた。教習所の教官を務めたこともあり、人望のある警部だが、重症のアルツハイマーになった妻に殺してほしいと泣きつかれ、扼殺したのだという。夫婦の一粒ダネの男の子は病気で亡くなっていた。妻は息子のもとへ行きたいと泣いて訴え、断わりきれなかったという。

同期の警部、志木和正が取り調べを命じられる。梶は犯行を自供した。ただし扼殺したという日から自首するまでの間に、2日間の謎の空白があった。その空白は何をしていたのか。梶はその点になると、沈黙した。これは“全落ち”ではなく、“半落ち”であった。

この2日間に、梶が東京・新宿の歌舞伎町に出かけてきた形跡があった。しかし、上層部は、梶がこの間、死に場所を求めて彷徨していたということで一件落着させ、なおも追求しようとする志木を担当から外した。

その後、空白の2日間をめぐり、追求する検事、新聞記者、弁護士、裁判官、拘置所警務官などが、それぞれの立場からかかわっていき、全貌が明らかになっていく。作者はサツ廻り記者出身だけに、それらすべての世界を視野にいれ、精緻で劇的に展開していく。傑作。

王国 その1』 よしもとばなな:著/新潮社:刊/1,100円+税

これは若い女の子の<私>を中心に展開する大人の童話だ。私に両親はいない。おばあちゃんと山の中腹の小さな家に住んでいる。おばあちゃんはそこで、サボテンやさまざまな薬草を栽培し、それをお茶にして商っている。現代医学では治らない治療効果があって、愛用者が多い。しかし山麓が開発されることになり、そのため大切な薬草の育つ環境が破壊されてしまった。おばあちゃんは日本を捨て、地中海の島へ移住することになる。そこで“結婚”するのだ。

日本に残った私は、楓という若い男の占い師のアシスタントとして採用される。楓は超能力者だった。目が見えないが男前だった。人の見えないものが見えた。楓の超能力は口コミで広まり、世界にも信者がふえつつあった。

私は楓に気に入られ、たんなるアシスタント以上に重用されるようになる。楓にはマネージャーがいた。ヨーロッパと日本を往復している片岡という男で、この男と楓は同性愛の関係にあり、そのため私はしばしば片岡に邪魔もの扱いされる。

そうした中で、楓はヨーロッパに出張することになる。半年か1年の長期出張だ。本書<その1>は、空港での2人の別離の悲しみのところで終わっている。続編が楽しみだ。今回から筆名をオール平仮名にした。

ぼくは19歳』 山本修弐:著/風濤社:刊/1,600円+税

冒頭に「いま」という詩がおかれている。

<悔むのはやめよう 過ぎてしまったことだから 時計は元には戻らない 昨日は昨日 今日は今日

悩むのはやめよう まだ来ぬ先のことだから 時計は急に進まない 明日は明日 今日は今日

今を大事に生きていこう 生きているのは今だから 時計は今を刻んでる 今は一瞬 今は永遠>

著者は平成3年、慶応大学2年のとき、アメリカンフットボール部の練習中に倒れ、「急性硬膜下出血・脳挫傷」という重篤な症状から奇蹟的に一命を取り止めた。

以来、11年、慶応病院で療養を続けている著者のために、アメフト部の仲間たち、塾長や教授が集まって「修弐基金」をつくり、闘病生活を支援してきたという。

この本は、そうした支援者への感謝をこめ、家族が私家版として出したが、「心癒され、勇気が湧いてきた」という反響が多かった(針生一郎「解説」から)ため市販本となったもの。

内容は19歳のときの詩と日記からなっている。

「反戦といのちの思想の原点」(針生一郎)に立ち、「正々堂々、まともであるし、批判的なスタンスを保持している」(長谷川竜生)、「さわやかで明瞭な青春」(三木卓)を描いた詩文集である。

長期停滞』 金子 勝:著/ちくま新書:刊/680円+税

「構造改革なくして景気回復なし」、と小泉首相は構造改革に政治生命を賭けている。しかし、本当に景気回復は成るのか。デフレは克服されるのか。本書はその疑問に答える。

<規制緩和や民営化は、失業を増加させ物価を下げる政策なのだ。にもかかわらず、主流経済学者は、このデフレ不況期に同じ政策を行えば、ますますデフレがひどくなるとは考えない。彼らは肺炎の患者を前にして、乾布摩擦をして冬のオホーツクの海で泳げば、体が鍛えられると言っているも同然だ。デフレ病にかかっている日本経済は確実に死を迎えてゆくだろう。>

市場原理主義に対しても批判は鋭い。<「経済の活性化のためには市場に任せろ」と主張する市場原理主義者は、こうした「ルールの強制注入」を前提とした本格的な不良債権処理を行う理論的根拠を持っていない>と指摘する。

現代のデフレは、昭和初期の大恐慌とは違って、ゆっくりとしたパニックである。国際決済機構が多岐化していることにも、その一因はある。しかしそれだけに、不況からの急速な立ち直りは期待しがたい。政治家たちの掛け声にまどわされず、大きな夢を抱かずに地道に自分の足場を固めるにしかず、というのが本書から示唆される点である。

(S・F)

※「有鄰」419号本紙では5ページに掲載されています。

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