Web版 有鄰

571令和2年11月10日発行

『ドラえもん』と想像力で旅する50年 – 1面

辻村深月

てんとう虫コミックス『ドラえもん』20巻

『天の川鉄道の夜』が掲載されている
てんとう虫コミックス『ドラえもん』20巻
小学館提供

『天の川鉄道の夜』

漫画『ドラえもん』の中に、『天の川鉄道の夜』という話がある。

主人公のび太が、ある日、SLに乗ってきたというスネ夫から、その素晴らしさを自慢される。

「SLはよかったなぁ……。でも、もうすっかりすたれちゃって、日本ではあそこでしかのれないんだ」

「きみたちもお父さまにおねがいしてつれてってもらったら? だめかもしれないけど。」

スネ夫の嫌みに憤慨しつつ、うらやましくなったのび太は、家に帰った後、ドラえもんが落とした「天の川鉄道乗車券」を見つける。乗車券の行き先は「地球→ハテノ星雲」。

「天の川鉄道ってどんなの?」

尋ねるのび太に、ドラえもんは答える。SL型の宇宙船で、キップにはさみを入れれば、いつでもどこからでも乗れる。のび太はその夜さっそく裏山からキップを使い、天の川鉄道に乗って宇宙への旅に出る。

途中、車掌から謎めいた言葉が示される。

「何人でものりなさい。どうせきょうかぎり……」

「すっかりさびれちゃって……。あれが発明されてから。」

宇宙の果て「ハテノ星雲」に辿り着いたのび太たちを待っていたものとは……。

という、以上があらすじだ。この欄を読んでいらっしゃる読者の皆さんの中にも、「ああ、あの話か」と思い当たる方がきっといらっしゃると思う。

『ドラえもん』ファンを自認する私だが、数ある『ドラえもん』の話の中でもとりわけこの話が大好きで、ふとした時によく思い出す。なぜなのだろうと考えると、それはきっと、私が『ドラえもん』に惹かれる理由が、この話の中にぎゅっと凝縮されているからなのかもしれない、と思い当たる。

私たちの日常と地続きのスコシ・フシギな世界

『ドラえもん』の作者である藤子・F・不二雄先生は、こんな言葉を残されている。

「ぼくにとっての『SF』とは、サイエンス・フィクションではなく、スコシ・フシギなのです」

その言葉通り、『ドラえもん』に登場する「フシギ」の世界は、遠い世界の出来事ではなく、私たちの日常にある願望やふとした空想が反映されたものが多い。「スコシ・フシギ」な非日常への入り口も、特別な設備を要する大仰な施設などではなく、私たちの日常の地続きに開いていることがほとんどだ。

たとえば、『大長編ドラえもん のび太の鉄人兵団』の中では、鏡の向こうにすべてが真逆な世界が広がり、『大長編ドラえもん のび太の宇宙開拓史』では、畳の裏が宇宙とつながる。おなじみのタイムマシンの入口からして、のび太の机の引き出しなのだ。

私が冒頭で紹介した「天の川鉄道の夜」も、のび太がいつもよく遊んでいる裏山と思しき場所に夜、「ボオーッ」という力強い汽笛を鳴らしたSLが星空を駆けて迎えにやってくる。「いつでもどこでも」冒険に出かけられるのだ。

未知なる世界の入口がすぐ近くにあると思えるこの感覚に、『ドラえもん』を通じて、私は幼い頃からたくさん触れてきた。見たままの世界がすべてではなく、あの曲がり角を曲がった先に非日常への冒険の扉があるかもしれない、と思える想像力を、『ドラえもん』を通じて育ててもらった。

それは、自分の日常に目に見えない奥行きを獲得することに他ならない。私の体と心は「いま」「ここ」を生きているけれど、たとえば、草原に立てば、現実に立っている自分の足元に、ガリバートンネルで小さくなった自分のことも同時に想像できる。その小さな自分の目線を通じて、巨大なたんぽぽの上に乗るその座り心地や、空を飛ぶトンボの背中につかまる感覚を自分のものにする。

「地底」や「海底」、「宇宙」や「白亜紀時代」にいたるまで、本来は遠いはずのあらゆる場所でドラえもんたちが大冒険を繰り広げたおかげで、私たちはきっと、地底にも雲の上にも、そこで暮らす人たちの生活を想像する。きっとそこにも私たちと同じような考え方をする人たちがいて、自分たちと同じような生活をしているんだろうな、と、未知なるその相手たちに対し、まるで遠くに住む友達のように思いを馳せる。

今もきっと、多くの子どもたちが『ドラえもん』を通じて、そんな想像力を身に着けているはずだ。

子ども時代の私は、この「いま」「ここ」にいる自分だけがすべてではないという感覚に、とても救われていたように思う。人は誰しも、今いる場所だけを居場所と思うと、しんどい瞬間がある。そこで逃げ場がなくなれば、追い詰められた気持ちになるからだ。学校と家が世界のほとんどすべてを占める子ども時代は、特にその傾向が強い。そういう時に、見えている世界に自分で奥行きを想像できるのは、どれだけ心強いことだったか。(それがたとえ、廊下の向こうにお化けがいるかもしれない、という怖がりな想像力だったとしても)

天の川鉄道に乗って辿り着いたハテノ星雲でのび太たちを待ち受けていたもの。

子ども時代も楽しく読んでいたけれど、大人になり、作家になった今は、読み返すと、ラストの1コマでの鮮やかな種明かしと、それまでに張られてきた細やかな伏線がどれだけすごかったのかということもよくわかり、これは私が生まれて初めて出会った「ミステリ」だったかもしれない、と思うようになった。そうした構成の鮮やかさも、私が藤子作品に惹かれる大きい理由のひとつだ。なので、もしこの話を未読の方は、ぜひともこれを機会に読んでいただけたら、ファンとしてはとても嬉しい。

親子三代にわたる『ドラえもん』のファンということ

『小説 映画ドラえもん のび太の月面探査記』・表紙

『小説 映画ドラえもん のび太の月面探査記』
原作/藤子・F・不二雄/辻村深月
小学館提供

私は、作家になってから、人生でもっとも影響を受けた作品を『ドラえもん』だと答え続けてきた。『ドラえもん』と藤子・F・不二雄先生のさまざまな作品を読んでいなければ、きっと今と同じ形で小説を書いていることはなかっただろう。

2017年、本屋大賞をいただいた『かがみの孤城』は私の代表作と呼ばれているが、その設定も、振り返れば、『ドラえもん』を読んでいなければきっと描けなかったものだ。

中学1年生。学校に通えなくなり、自分の居場所を失ってしまったと感じていた主人公・こころの部屋の鏡が、ある日突然、輝きだす。手を伸ばすと、鏡の向こうに城があり、そこには、自分と同じような境遇の子どもたちがいて、彼らとこころは出会う。「鏡の向こうに世界がある」というこの感覚が違和感なく多くの読者に受け入れられ、読んでもらえたのは、きっと日本に『ドラえもん』がいてくれたからだろうと、藤子先生とドラえもんに深く、深く、感謝している。

『ドラえもん』は、今年、連載開始50周年の節目の年を迎えた。『ドラえもん』で描かれる想像力がそれだけの歳月、さまざまな人の心の中で旅をしてきた。

私は1980年生まれで、映画ドラえもんと同じ年。物心ついた時にはすでに『ドラえもん』はマンガもテレビアニメも映画もすべてがあって当たり前という世代で、そんな私たちが、今、親世代になって自分の子どもと『ドラえもん』を見ているのは、改めて本当にすごいことだと思う。うちの場合は、父も『ドラえもん』ファンだったので、親子三代にわたるファンということになる。

ファンが高じて、私の小説の中には、章タイトルをすべてドラえもんのひみつ道具の名前にした『凍りのくじら』という本がある。作中、主人公の女子高生が、知り合った小学生の男の子に「私、ドラえもん好きなんだ」と伝えるシーンがあるのだが、すると、その男の子は「『ドラえもん』なんてみんなが好きで当たり前なのに、わざわざ言うなんて変なの」という顔をする。自分で書いた文章だけど、私はこの場面がとても好きだ。

「みんなが好きで当たり前」のこの感覚が50年続いてきたこと、『ドラえもん』と聞けば、みんながどの話が好きか、どのひみつ道具が好きかで盛り上がれること。『ドラえもん』は、その思い出が自分の子ども時代や家族と結びついていることも多い。その意味で“国民的漫画”と言っても過言でないのに、不思議なのは、それを語る時の私たちの主語が決して大きくならないことだ。あくまで、「わたしが」「ぼくが」どう『ドラえもん』を読んできたか、見てきたかを、一人一人がみんな自分の形で持っている。藤子先生の描いたキャラクターと物語の持つ、すさまじいまでの底力をそこに感じる。

今、毎週楽しみにテレビでドラえもんを観て、コミックスをクスクス笑いながら読む我が家の長男を眺めながら、藤子先生はもちろん、この50年、『ドラえもん』を“当たり前”にあるものとして届けてくださったたくさんの人たちに対しても心から感謝を覚える。

50周年、おめでとうございます!

辻村深月
辻村深月(つじむら みづき)
撮影:大坪尚人

1980年山梨県生まれ。作家。著書『小説 映画ドラえもん のび太の月面探査記』小学館 1,800円+税、『かがみの孤城』ポプラ社 1,800円+税、『凍りのくじら』講談社文庫 800円+税、他。

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