Web版 有鄰

571令和2年11月10日発行

植物を旅する – 海辺の創造力

山崎ナオコーラ

「これだって旅行だ」「あれだって旅行だ」と、コロナ禍で旅行が制限されるようになってからよく思う。

旅行という言葉に定義はない。誰も「100キロメートル以上のお出かけ」なんて定めてはいないのだから、自分が旅行だと思うことなら、5メートルほどの小さな移動でも、いや、心の中だけの移動でも、旅行と言っていいわけだ。

マンションの1階に住んでいて、小さな専用庭がある。私は掃き出し窓を開けてつっかけを履いたら、旅行に出られる。

車の免許を持っておらず、家には4歳児と1歳児がいるので、外出のハードルはかなり高く、もっぱら家の中にいるから、「葉っぱを触るのも発見」「庭で日光を浴びるのもバカンス」とでも思わなければやっていられないのだ。

4歳児が喜ぶかと思い、春にオジギソウの種を撒いた。成長が速い植物のようで、あっという間に大きくなり、小さな鉢から、中くらい、大きめの鉢へと、2ヶ月ごとに植え替えた。指で触れると閉じる葉っぱに子どもは喜ぶ。夏になると、イヤリングにでもしたらおしゃれになりそうな、濃いピンク色のふわふわと丸い花がいくつか咲いた。

「これ、かわいい花だねえ」

子どももそう言って、猫を撫でるような仕草で花を愛でた。

目に見える速度で葉っぱを閉じ、毛玉のようなかわいい花を身に付ける。オジギソウは、動物じみた植物だ。

生物が爆発的に進化して多様性を獲得した「カンブリア大爆発」というのが5億年ほど前に起きた。その大爆発のきっかけは、動物に眼ができて、獲物を追いかけるようになり、「食べる食べられる」の関係が進んだことによるらしい。この前観たテレビ番組では、植物の中にある光合成のための遺伝子が、なんらかのきっかけで動物の中に入り込み、光を感知する器官が作られるようになり、原始的な眼ができた、と言っていた。植物と動物は意外と近いのかもしれない。

オジギソウがなぜ葉っぱを閉じたり開いたりするのか、私にはわからないが、とにかく太陽光を受け止めて必死に生きている。それは、私たちと同じだ。

葉っぱは眼に似ている。オジギソウが閉じたり開いたりするのはまるでまばたきだ。

太陽が宇宙に放った光は、約8分かけて地球に届く。何よりも速いと言われる光でも、8分かかる距離が太陽と地球の間にある。地球と太陽は、1億4960万キロメートル離れているらしい。

ちょっと庭に出るだけでも、遥か彼方から来た光を浴びれるわけで、地球で生きているだけでも十分に面白い。

先日は台風がやってきたので、いくつかの植木鉢を家の中に入れた。数日経ってから、外に出したら、嬉しそうだった。ここのところ旅行やイベントの予定がなくなって子どもは退屈しているだろう、とかわいそうに思っていたが、植木鉢の出し入れを手伝いながらニコニコしていた。台風で大変な思いをしている人たちもいるのだから本来は楽しんだらいけないはずだが、子どもにとってはイレギュラーなことはどうしたって面白く感じられてしまう。こういうのも旅行なんだろうな、と思った。

(作家)

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