Web版 有鄰

571令和2年11月10日発行

有鄰らいぶらりい

口福のレシピ』 原田ひ香:著/小学館:刊/1,500円+税

料理学校を代々営む家に生まれた品川留希子は、親の要望で家政学部に進み、栄養学を学んだ。親に反発して就職と同時に家を出、フリーのSEとして活動している。しかし、料理は好きだった。ふと思いついて自炊のレシピをSNSに上げるようになって2年あまり、今では「料理家」「料理研究家」と呼ばれることもある。成り行きで料理の仕事をしていることを、母たちはどう思っているのか。感謝と反発と、2つの感情で揺れる留希子のもとに、「品川料理学園」の理事長、坂崎から連絡が入る。

坂崎の用件は、祖母の入院と品川料理学園の経営難、留希子のアイディアで学園を助けてほしいというものだった。祖母と母は強烈な個性で料理学校を運営してきたが、少子化による生徒の減少と景気の後退でいよいよ経営が危ういという。悩む留希子は、アプリ会社と進めていた献立とレシピ、買い物リストが一体となったアプリ企画に打ち込む。ところが、あるレシピをめぐって盗用問題が発生してしまう。その料理には、ある女性が関わっていた。

白芹の炒め物、骨酒、冷や汁、生姜焼き……。令和と昭和という2つの時代の、2人の女性を、料理が結ぶ。手練の文章と物語を味わいながら、日々の料理を見直したくなる長編小説である。

夜の向こうの蛹たち』 近藤史恵:著/祥伝社:刊/1,500円+税

〈わたしは誰かを本当に信頼することが、なによりも苦手なのかもしれない〉。同性愛者で、半年前の失恋を引きずる小説家の織部妙は、順調にキャリアを積むだけの現実に退屈していた。「美人作家」とよく言われる妙は、小説には関係ないことと、容姿で判断されることを拒んできた。ある日、「すごい美人なんですよ」という男性編集者の触れ込みをきっかけに、「橋本さなぎ」という新人作家の小説を読むことになり、引き込まれる。〈たぶん、この腹立たしさの半分は嫉妬だ。わたしにはこんな生々しい小説は書けない〉。

3ヶ月後、妙は文学賞のパーティで橋本さなぎとめぐり会う。噂通りのひときわ美しい人だったが、妙は会場にいた別の女性、初芝祐に一目ぼれをしてしまう。大柄で野暮ったい服装の彼女は、橋本の秘書だった。

初芝の情報を求めて橋本のSNSを調べた妙は、出版社で初芝と再会し、恋する気持ちを隠しながら橋本、初芝と交流を重ねるようになる。やがて、橋本と初芝の様子に違和感を覚え始める。

2人の小説家と1人の秘書、3人の女性が織りなす心理サスペンス。『サクリファイス』で第10回大藪春彦賞、『スーツケースの半分は』で第13回エキナカ書店大賞を受賞した著者の最新長編。

タクジョ!』 小野寺史宜:著/実業之日本社:刊/1,700円+税

車の運転が好きで、大学を卒業して「東央タクシー」に就職した高間夏子は23歳。マナーやホスピタリティの研修を受け、二種免許を取得して、タクシードライバーになった。行先への道を早口で説明されたり、「道わかんないの?」と言われたりするたびにあわあわしたが、どうにか4ヵ月。スーツを着、大きめのキャリーケースを引いたその日のお客さんは、飯田橋で乗車し、羽田空港へ向かう長距離客だった。車内で世間話をするうちに名刺を差し出され、「もしよかったら、連絡をくれないかな」と言われる(十月の羽田)。

東央タクシーは東京23区と武蔵野市、三鷹市を営業区域にしている。乗り物が好きでやはり自分で乗りたいと、航空会社の総合職から転職した姫野、コワモテのベテランで50代の道上ら、同僚はそれぞれに個性的だ。江東区に生まれ、両親が離婚をして会社員の母と2人で暮らす夏子は、家も勤務先(営業所)も江東区。東京の西側をよく知らない。現場で1人、自分で判断して動けるドライバーの仕事は楽しいが、この毎日で彼氏はできるのか。

『ひと』で2019年本屋大賞第2位を獲得した著者が、新人女性ドライバーの日々を描いた青春小説。一喜一憂しながら未来を模索する、主人公の夏子が魅力的だ。

わたしが消える』 佐野広実:著/講談社:刊/1,800円+税

『わたしが消える』・表紙

『わたしが消える』
講談社:刊

元刑事の藤巻智彦は、事故をきっかけに医師から軽度認知障碍を宣告される。早くて1年、遅くとも5年でアルツハイマー型認知症に進行する可能性があるという。

刑事を辞め、妻子と別れてから20年、藤巻はマンションの管理人をして暮らしていた。元妻は3年前にがんで亡くなり、その少し前に再会した一人娘の祐美とはつかず離れずで交流している。ある日、福祉の仕事を目指す祐美から、ある男性の身元調査を頼まれる。福祉施設の前に置き去りにされ、「門前さん」と呼ばれるその老人は重度の認知症で、身元不明のまま死なせたくないというのだ。これは自分の最後の使命ではないか。藤巻はつい、娘の頼みごとを引き受ける。

防犯カメラに映っていた女性を探し出した藤巻は、門前さんの名が「町田幸次」で年齢は71と聞く。しかし女性は、24年間同棲していたというのに、町田の友人も親戚も知らなかった。また「町田幸次」の免許証には、門前さんと異なる顔の人物が映っていた――。

衰弱した認知症患者の過去と秘められた真実に、元刑事が迫る。著者の新たな出発点となる、第66回江戸川乱歩賞受賞作。過去を振り返り、残された時間に情熱を燃やす主人公の姿が切ない、社会派ミステリー。

(C・A)

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