Web版 有鄰

414平成14年5月10日発行

有鄰らいぶらりい

小説 ザ・外資』 高杉 良:著/光文社:刊/1,700円+税

政府は不況のさなかに、金融機関に対する護送船団方式を改め、ビッグバンを断行した。その狙いは、フリー、フェア、グローバル化である。かくて米国資本などの外資が日本の市場で跳梁跋扈するに至る。この作品は、そうした金融情勢を背景に描いた迫力ある情報小説だ。

主人公の西田健雄はハーバード・ビジネス・スクールでMBA(経営学修士)を取得したエリートビジネスマン。長期信用銀行のMOF担(大蔵省担当)だったこともあるが、スカウトされて、米資100パーセントの東京のグレース証券の副社長兼エグゼクティブディレクターに就任する。この証券会社は年利8パーセントという高利回りの私募債が主力商品だ。集めたカネは米国で運用し、ノーリスク・ハイリターンで還元するという。しかし西田は日本の大手クライアントに、その高利の上、1億円ものキックバックを保証していることを知って経営に疑問をもち、社長とオーナーに注意を促すが容れられない。入社早々にして西田は退社する。

やがて、西田が懸念したとおり、同証券は償還不能に陥り、逮捕者を出す。そのころ西田は外資による長期乗っ取りをつぶさに体験する……。

死んでいる』 ジム・クレイス:著/白水社:刊/2,300円+税

作者ジム・クレイスは英国の作家だが、この作品で、全米批評家協会賞を受賞している。一口で言えば徹底して虚無の世界を描いた作品だ。潮汐研究所所長のジョゼフと大学講師の研究社セリースという初老の夫婦が、海岸の砂丘のくぼみの中で、下着も付けない姿で、惨殺死体となって発見されるところから始まる。

ジョゼフは異常に背の低い男だが秀才、セリースはすらりと背も高い美形で、もてもて。この異様なカップルは、30年前、この海岸での合宿で仲よくなり結婚した。ノスタルジアが死の誘因となったのである。この日、2人を隠れながら付け回している暴漢がいた。ようやく2人が30年前の思い出を再現するにふさわしい草叢のあるくぼ地を見つけて愛し合った時、暴漢が忍び寄って花崗岩の塊で2人を一撃、所持品を奪って逃げた。死体はやがて、甲虫と、次いでヤドカリ、カモメ、ハエに発見される……。

一人娘シルに発見されたとき、2人は警察のテントの中だった。海岸の動物、哺乳動物などの餌食にされ、何度も海水に洗われ、<体験の及ばないところで、愛に満ちた無意識の最後を満喫>していたのだ。<これが、永遠に続く終わり、死んでいる>。

一読、久しぶりに文学作品の感動を味わった。渡辺佐智江訳。

常識として知っておきたい日本語
柴田 武:著/幻冬舎:刊/1,300円+税

ふだん何気なく使っている言葉でも、その語源や本当の意味を知らないことが少なくない。本書はそれらの謎を解いてくれる。例えば「いなせ」な男。一心太助のような生きのよい男にしばしば使われるが、「いなせ」とは何か。イナはボラの幼魚で、この魚は出世魚。オボコからイナとなりボラとなり、トドで終わる。「トドのつまり」もここからきた。つまり「いなせ」な男とは、イナの背びれのような髷をした男をいった。「刺身」の好きな日本人は多い。だが切った魚をなぜ“刺し身”というのか。これは忌み言葉だという。ご祝儀などの席で“切る”は禁句だ。そこで「刺身」となった。

昔の職業から来た言葉もある。例えば「相槌」。これは鍛冶屋の親方が弟子が槌を打ちやすいように小槌で呼吸を合わせてやることだ。トッテンカン、トッテンカン……。ついでに言えば「だだをこねる」の「だだ」は、鍛冶屋さんなどが使った「ふいご」。これを踏んでいるかっこうが足をバタバタさせている子供そっくりなことに由来している。「最右翼」を最も有力な者を指していうのは「海軍士官学校」の席次に由来しているというが、これは海軍兵学校の誤りか。

清水の次郎長』上下 黒鉄ヒロシ:著/文藝春秋:刊/各1,524円+税

漫画というと軽く見られがちだが、この作品は海道一の大親分、清水の次郎長の生涯をダイナミックに描いた長編“歴画”だ。導入部に明治維新後、社会事業に身を入れる次郎長の日常を描いた後、その出生から晩年までをたどる。

文政3年(1820)、船待ち船頭の次男として清水に生まれた次郎長は、生後すぐ、米穀商を営む叔父の元へ養子に出されるが、幼少のころから暴れん坊。やがて出奔し、財産権を放棄して徒世人の仲間に入る。もっとも、次郎長の人生が変わったのは、それより前、米屋の跡継ぎとして、商売に精を出していたころ、4人組の強盗に押し入られ半死半生の目に遭ったためだ。その晩、次郎長は酒を飲んで寝ていたため戦えなかった。以来、次郎長は1滴も酒をやらなくなる。やがて旅から旅への道中で、次郎長の雷名はたちまちとどろき、清水へ戻ったころは一人前の俠客となっていた。

維新後、次郎長は清水の治安維持のため警備に協力したり、富士の裾野の新田開発に挺身したりするが、とくに有名なのは、官軍に敗れた榎本武揚の旧幕軍海軍が清水港で多くの犠牲者を出した際、乾分を使って遺体を収容させたことだ。ただし作者は次郎長の勇気に惚れ込んでいるわけではなく、あくまでクールにその実像に迫っている。

(S・F)

※「有鄰」414号本紙では5ページに掲載されています。

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