Web版 有鄰

412平成14年3月10日発行

有鄰らいぶらりい

猛スピードで母は』 長嶋 有:著/文藝春秋:刊/1,238円+税

第126回芥川賞受賞作。北海道の海に面したM市が舞台だ。主人公の慎はもうすぐ小学6年生になるとき、離婚した母と一緒にこの町にやってきた。少し離れたS市には祖父母が住んでいる。

母は昼は保母の資格をとるため学校に通い、夜はガソリンスタンドで働いたりしている。とにかく忙しく行動的な母だ。移動するときは車で猛スピードで飛ばす。「あんたはオートマの車なんか運転する男になるんじゃないよ」とか「すこし高い柵ぐらい軽々と飛び越えられるようになりなよ」などという。

母はたびたび恋愛する。恋愛のつど、相手を慎に紹介する。こんどの相手は慎一といい、外国帰りの男だ。その相手と母がラブホテルへ行っていたというのが学校で話題になり、そのため慎はいじめの対象になる。住んでいる団地の梯子を天辺まで上って、ラブホテルの名前をローマ字で書いてこいなどと攻め立てられたりするのだ。あるとき、キーを部屋に忘れた母は平気でその梯子をよじ上っていき4階の窓から自室に入り、慎を驚かせる。

こんども母の恋愛はうまくいかないようだが、自立して生きる女の生き方がさわやかだ。他一編。

肩ごしの恋人』 唯川 恵:著/マガジンハウス:刊/1,400円+税

第126回直木賞受賞の『肩ごしの恋人』は、2人の女の不羈奔放な恋を描く。主人公は20代後半のるり子と萌。幼なじみだ。るり子の結婚披露宴の場面から始まる。るり子は3度目の結婚だ。披露宴に出席した萌は、同じテーブルのハンサムな男とたちまち意気投合してホテルへ。相手はかつてるり子と寝たこともある男だし、しかも新婚早々というから「安心」。ついでにいえば、るり子の今度の結婚相手も、かつて萌と寝たことがある。

2人とも性に関してはまったくアナーキーだが、違う点は、萌が自立した生活を保ち、“オス化”した女であるのに対し、るり子の方は、男に寄生して貢がせることを生き甲斐にしていることだ。

萌は勤め先に来ていたアルバイトの少年と同棲することになる。少年は父が再婚した年若い義母に童貞を奪われたうえ、執拗に追いかけ廻されているのだと訴える。そこへ新婚旅行から帰ったるり子が転がり込む。結婚相手とのセックスはつまらないというのだ。かくして3人の“疑似家族”がスタートする。

少年の義母との件は嘘だったが、家庭に問題があることは事実。疑似家族の生活を通じて、個人と家族の問題を現代的視点から問い直すというのが、本書の主題だろう。

風の耳朶』 灰谷健次郎:著/理論社:刊/1,600円+税

老画伯の樹鬼藤三が老妻のハルを伴って沖縄の旧友の画家を訪ねる――という設定で進展する作品。そこで何か事件が起きるというわけではない。旧友の画家とその孫でえ17歳になる少年、そしてその親の三世代との会話で伝えられるメッセージが、この作品の眼目だ。

たとえば藤三らは旧友宅を訪ねる前、食べ放題の焼き肉店に寄るが、食べ放題などというのは子供のしつけにって問題外だとなじる。「貝原益軒」が、『養生訓』の中でいうとる。養生の道、多くいふ事を用ひず。只飲食をすくなくし、病をたすくる物をくらはず、色慾をつつしみ、精気をおしみ、怒哀憂慮を過さず」というわけだ。

当然、沖縄戦のことも話題になる。今、無人島になっているため誰も注目しないが、戦時中270人の人が住んでいた島がある。ここでは集団自決はおろか、一人として戦争犠牲者がでなかった。「一人の校長先生の決断が、島民の命を救ったんですって」。

旧友宅を辞して2人は海岸に出る。そこでの2人の会話で、この旅が老画伯にとって自殺を決意したものだったとわかる。多くの友人を戦争で失った老画伯は、この旅を通じて最後のメッセージを発していたのだ。

横断歩道』 黒井千次:著/潮出版社:刊/1,600円+税

本書の帯に<車道とも歩道ともつかぬ不思議な場所。安全のようで、危険もはらむ奇妙な場所>とある。この作品はそのような危険をはらんだ日常の空間を描いている。

主人公の小知子は、若いミセスで、夫と2人だけの生活。スポーツクラブのプールにしばしば通っている。そこで友だちになった同じようなミセスの薊子は活発な行動派。そのプールにいつも来ている老人の男が2人の注目をひく。男は泳がずにただ黙々とプールを水平歩行して帰る。妻に逃げられたため、お百度を踏んでいるのだという噂が立っている。

そうした中で親友同士と思っていた薊子が突然消息不明になる。自宅に電話しても不明。アルバイト学生が留守番に来ているが、委細不明という。ところがある日、小知子は、プールでは口を利いたこともない老人と街で会い、その老人の100歳近い老母が入院しているという郊外の病院で薊子はそこで制服を着てヘルパーとして働いていたのだった。

何不自由のない暮らしをしていた薊子、なぜ、夫にも友人にも告げずに家出して、勤めることになったか。執拗に尋ねるが、薊子にも説明ができないという。心の中の不思議な横断歩道を渡ってしまったのだろうか?

(S・F)

※「有鄰」412号本紙では5ページに掲載されています。

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