Web版 有鄰

411平成14年2月10日発行

有鄰らいぶらりい

物語を生きる』 河合隼雄:著/小学館:刊/1,600円+税

著者はわが国におけるユング研究の第一人者として知られる臨床心理学者であるが、本書では日本の古典文学の物語に注目し、日本人の生き方の特性を発見している。心理療法における患者との来談と古典の物語を重ね合わせることから、この発見に到ったという。

著者が第一に挙げるのは、日本の古典で最も古い『竹取物語』である。竹の中から生まれた輝くばかりに美しいかぐや姫は5人もの男に求婚され、帝さえも心ひかれたが、かぐや姫は彼らと結ばれることなく、月の世界へ昇天していく。絶世の美女は男性とは結ばれず、この世から去っていかねばならない――これで当時の日本人の美意識は完成したと見るのだ。

かぐや姫の先駆者は『万葉集』の「桜児」に見ることができる。2人の男性に言い寄られて自殺してしまう。花と散りはてるのだ。美の影には必ず死が存在する。これが日本人の美意識だという。

第二に挙げるのは『宇津保物語』で、この物語をはじめ『源氏物語』や『狭衣(きごろも)物語』など日本の古典には、争いは出てきても“殺人”は描かれないのが特徴だと指摘する。せっぱ詰まった争いも自然の摂理や偶然により解決するというのが、物語に現れた日本人の心だというのだ。人生が変わる1冊だ。

生きる』 乙川優三郎:著/文藝春秋:刊/1,286円+税

『生きる』は乙川優三郎の第四短編集で、表題作ほか「安穏河原」「早梅記」を収めている。「生きる」は殉死を素材にした作品。藩主の死に伴い寵遇を受けた家臣又右衛門が追腹を切る覚悟でいたところ、家老に呼ばれて、追腹を禁じられる。しかもそれを口外してはならぬという厳命。又右衛門はやむなくそれに従って生きる選択をする。だが周囲では追腹が相次ぎ、当然又右衛門も死路の供をするものと予測していた周辺の者からは、忘恩の徒として誹謗中傷を浴びせられ、針のむしろの毎日だ。生きることを余儀なくされた武士の、複雑な心理がよく描かれた出色の作品である。ついでにいうと幕命によって追腹が禁じられたのは、寛文3年(1633)の武家諸法度改正によってであり、この作品はその少し前が時代背景となっている。

「安穏河原」は、飢饉のさなか、百姓に何一つ有効な政策を打ち出さぬ藩に対し、意見書を提出して、家を捨て国を出ることになった郡奉行一家の苦闘を描き、また「早梅記」は致仕して隠居ぐらしの武士の回想譚で、結婚を約束していた女も捨てて立身出世し、栄達を獲得したものの満たされぬ空漠感を描く。別れた女と瓜ふたつの女に出会う場面がいい。

東電OL症候群(シンドローム)
佐野眞一:著/新潮社:刊/1,600円+税

5年ほど前の1997年3月19日、東京渋谷区円山町のラブホテル街で、若い女性が殺人死体となって発見された。被害者は渡辺泰子、29歳。慶応出の才媛で東京電力に勤めるエリートOLだったが、夜はこの薄暗い一角で毎晩客をとっていた売春婦だった。間もなくネパール人のゴビンダが犯人として逮捕される。

著者はこの事件の闇に潜む謎を追って先に『東電OL殺人事件』を著わしたが、本書はその続編である。

なぜ被害者は、昼はエリートのOLでありながら、夜は売春婦になって毎晩4人もの客をとったのか。前著でもその謎は解明されなかった。またゴビンダが一審で無罪を言い渡されながら、なぜ再拘留され、二審で無期懲役の有罪判決を言い渡されたのかも、闇である。前著刊行後、著者のもとには多くの女性読者の反響や外国ジャーナリストのインタビューなどが相次いだ。その意味で被害者は、現代女性の内面の闇を照らす“巫女”の役割を果たした、と著者はいう。

それにしても本書でも謎は深まるばかりだ。被害者の母と妹が彼女の売春を承知していたというのも意外だし、事件後に圏外の住宅の庭から発見された彼女の定期券の謎もついに解明されていない。そしてゴビンダは果たして真犯人なのか?

マン島の黄金
アガサ・クリスティー:著/ハヤカワ文庫:刊/740円+税

没後四半世紀を経てなお人気の高いミステリーの女王、アガサ・クリスティーの“幻の作品群”。釜の底のおこげを掻き集めるようにして編んだ10編が収められている。

表題作はイギリス北部のマン島が、観光客誘致の目的で計画した宝探しのためのストーリーで、この作品をヒントにして宝探しをおこなったという。宝探しという催しは、当時は珍しい趣向だったようだ。読みながら宝探しに参加しているような楽しさが味わえる。

クリスティーといえば何といってもベルギー人の名探偵ポアロだが、このなかでも、「クリスマスの冒険」と「バグダッドの大櫃の謎」に登場する。後者はとくに面白い。

4人の男女が友人宅に招かれ、ダンスやトランプに興じた。だが、その会に参加する予定だった一人の男が、部屋の隅に置かれた「バグダッドの大櫃」の中で、心臓を刺されて死んでいるのが発見されたのだ。真犯人は誰か。ポアロの名推理が冴える。

このほか、初期の心理サスペンス風のものや、ちょっとロマンティックな作品、超自然的な趣向の作品まで、クリスティーのバラエティーに富んだ作品世界を味わうことができる楽しい1冊だ。中村妙子訳。

※「有鄰」411号本紙では5ページに掲載されています。

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