Web版 有鄰

572令和3年1月1日発行

宮本昌孝と『天離り果つる国』(上・下)

飛騨白川郷を舞台に、戦国大名に囲まれた小国の攻防をスケール豊かに描く

宮本昌孝
宮本昌孝
🄫宮本遼

幻の城と飛騨の武士団は生き延びられるか

山深き地に、数奇な運命を辿った一族がいた。世界遺産の地、飛騨白川郷を舞台に展開する戦国エンターテインメント小説である。

「鉄砲火薬の原料になる塩硝が白川郷で生産されていたと、担当編集者から聞いたのがきっかけです。当時最新鋭の武器と白川郷のイメージが結びつかなくて、本当かなと色々調べ、内ケ嶋氏という武士の一団があり大変な運命を辿ると知って、俄然興味がわきました。白川郷といえば合掌造り集落が有名ですが、“幻の城”、帰雲城については知らない人が多いと思う。僕もそうで、初めて現地を取材した時は、かつてここに城と城下町があったとは信じられませんでした。塩硝のみならず金銀も産出し、周りを群雄に囲まれていた飛騨の弱小武士の一団がどう生き延びていったのか。そう考えたら物語がわあっと膨らんで」

天才軍師、竹中半兵衛の弟子として成長した津田七龍太は、織田信長の命で白川郷に潜入する。「天離る鄙の地(空の彼方に遠く離れた辺境の地)」といわれる白川郷への道中で、内ケ嶋氏当主・氏理の娘、紗雪と出会う。

「竹中半兵衛の愛弟子の若者と内ケ嶋のお転婆な姫君という主人公2人は、考えることもなくぱっと浮かびました。悩んだり失敗したりして成長する姿を描くのが好きなんです。秀吉も家康も若い頃は格好いいのに、ある時期から嫌な人間になっていきますから。権力も何もない、自由に生きる人間の方が共感できるので、僕の小説はいつも若者が主人公になります」

信長の後継者となった豊臣秀吉と内ケ嶋氏は対立。史実を多彩に交えながら、物語はダイナミックに展開する。

「メインは内ケ嶋氏の攻防、キャラクターとストーリーですから、史実に縛られずにどこまで想像の翼を広げられるかが大事です。当時の城下町や地図などを実際に描けるくらいのイメージが僕の中にあり、その中で動かしていきます。こんな時この人はどうするんだろうと思いながら進める方が面白いから、あそびをもたせながら書くうちに物語は変化していく」

内ケ嶋氏と主人公たちはどうなるのか。ラスト1行まで引き込まれる大作だ。

「白川郷は今も独特の場所で、戦国時代はもっと秘境ですよね。外界と隔絶され、武家と宗門と領民が穏やかに暮らしていた桃源郷のような場所だったんじゃないか。そこに権力が及んできて、自分たちの里を壊されるのは我慢ならない、守ろうとするわけです。同じ戦国ものでも、今回は少し違う感じで描けたと思います。知られていない辺土の武士団の史実を踏まえつつ、派手で壮大なストーリーを創造する楽しさをいつも以上に実感しました」

スケールの大きい虚構を、大真面目に

1955年、静岡県浜松市生まれ。日本大学芸術学部卒業後、手塚プロダクションを経て執筆活動に入る。95年、『剣豪将軍義輝』で注目され、歴史時代小説作家として活躍。2015年、『乱丸』にて、第4回歴史時代作家クラブ賞作品賞受賞。

「映画が娯楽の王様だった昭和30年代に父に連れられて東映のチャンバラ映画をたくさん観たことが、歴史に興味を持った最初かもしれません。東映のチャンバラは派手で話が明るくて、今の僕の小説につながっていると思います。ハリウッドのアクションものもいっぱい観ました。それらの影響で子どもの頃から物語を作るのが好きで、最初は漫画家、そのあと映画監督を志望しました。映画のために大学で脚本の勉強を始めたのが転機で、文章でストーリーを生み出すのは本当に面白いと思ったんです。大学時代から洋の東西を問わず本を片端から読み、だんだん時代小説に偏って柴田錬三郎さんが好きで、いつか歴史エンターテインメントを書きたいと強く思うようになりました」

手塚プロで文芸担当の助手を務め、その後、「じゃりン子チエ」など人気アニメの脚本を手がけた。自分の思い描く世界をそのまま表現したくて、小説家に転じた。

「大人向けの小説で初めて商業誌に載ったのは、真田十勇士が現代のプロ野球界にタイムスリップする話です(笑)。子どもの頃から面白がってきたことが全部入っているような中編で、原点というべき作品かもしれません。スケールの大きい虚構を、大真面目にやるのが娯楽だと思います。戦国ものを多く書いてきましたが、次は、いつかやりたいと思っていた違う時代の小説を構想しています」

(青木千恵)

『天離り果つる国』・表紙

天離り果つる国』(上・下)
宮本昌孝/PHP研究所/各1,900円+税

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