Web版 有鄰

572令和3年1月1日発行

有鄰らいぶらりい

ニッポンチ!国芳一門明治浮世絵草紙
河治和香:著/小学館:刊/1,700円+税

『ニッポンチ!』・表紙

『ニッポンチ!』
小学館:刊

明治20年代の終わり頃、〈萬朝報〉の鶯亭金升は、先輩記者の山田春塘から、浮世絵師・歌川国芳の13回忌の話を聞く。国芳の13回忌は明治6(1873)年のこと。国芳門下にほんの一時いた狩野派絵師の河鍋暁斎ら弟子たちは健在で、〈江戸っ子〉らしいやり取りを威勢よく交わしていた。父に連れられ13回忌に行った春塘は当時を懐かしみ、「一度、国芳の娘ってのを訪ねてごらんなさい」と、金升に勧める。

歌川国芳には、2人の娘がいた。父や弟子たちに愛された長女の登鯉は父・国芳と前後して早世し、姉の陰に隠れていた次女のお芳がいまや唯一の「国芳の娘」だ。明治6年、13回忌の相談をする弟子たちの間で大騒動が起こる。お芳が生活のために春画を描いて横浜の異人に売りに行き、牢に入れられたのだ。横浜にいる間に、お芳は13回忌の資金や家財を夫に持ち逃げされてしまう。

美しかった姉に引け目を感じながら「国芳の娘」として生きていくお芳を軸に、暁斎、月岡芳年、三遊亭圓朝、落合芳幾ら「国芳の弟子」たちの生きざまを描いた長編小説。『がいなもん 松浦武四郎一代』(18年)で中山義秀文学賞、舟橋聖一文学賞を受けた著者の最新作。美術ファンにはたまらない1冊だ。

ぼくもだよ。神楽坂の奇跡の木曜日
平岡陽明:著/角川春樹事務所:刊/1,600円+税

東京・神楽坂で盲導犬のアンと暮らす竹宮よう子は、ブログにつけていた「視覚障碍者の読書感想日記」を読んだ出版社の希子から連載を頼まれ、書評家の仕事をするようになった。隔週の木曜日に希子と神楽坂でランチをするのが楽しみな日々だ。

一方、神楽坂の路地裏で〈古書Slope〉を営む本間は、週に1度の「木曜お父さんデー」で5歳の息子、ふうちゃんと過ごすのを楽しみにしている。本間は離婚しており、息子とは週に一度しか会えない。ある日、急な会食で金曜も預かってもらいたいと元妻に頼まれる。快諾した本間だったが、どうやら元妻に恋人ができたらしい。

その頃、よう子は初めて希子から原稿を直すように言われる。母娘関係のエピソードを膨らませて、限りなくエッセイにしたらどうかというのだ。一方、元妻が再婚と渡米を考えていることを知った本間は、ふうちゃんと会えなくなるのかと衝撃を受ける。本が売れず、古書店の売却を考え始めるが――。

神楽坂でそれぞれに暮らしていたよう子と本間の人生が、読むこと、書くことを通してめぐりあう。『ロス男』(19年)で吉川英治文学新人賞の候補になった著者が、別離と再生、本に込められた想いを温かく描いた長編小説。

どうしてわたしはあの子じゃないの
寺地はるな:著/双葉社:刊/1,500円+税

こっそり本を読んでいたことがばれると頭を叩かれ、成績のよい兄と比較される。女子中学生連続殺人事件のニュースが流れれば、「チャラチャラしとるけん」と父が被害者を悪く言う。大人が押しつけてくる価値観や言葉が嫌でたまらず、14歳の三島天は、「ここではない場所」に行くことを夢見ていた。

天と仲のいいミナ(小湊雛子)は地元の名士の孫で、東京生まれだ。伯父が亡くなり、父の郷里に越した。可愛くて優しいミナは人気者で、男子生徒はミナへの手紙を天に渡してくる。天の心の中では「うらやましい」という気持ちが渦巻いている。

もう一人、天と仲のいい藤生は、きれいな顔立ちをした男子生徒だ。喫茶店を営む母と2人暮らしの藤生は天に特別な思いを抱いているが、天は気づかない。藤生に憧れる女子生徒は多く、実はミナもその一人だった。思春期の揺れる思いがすれ違う中、田舎暮らしに憧れる五十嵐が東京からやってくる。

天、ミナ、藤生。それぞれに手紙を書き、中学を卒業して別々の人生を歩んだ3人が、30歳になった2019年に連絡を取り、過去の出来事と思いが解かれていく。繊細な気持ちを鮮やかに描いて一人ひとりの人生を見つめた、優れた長編小説だ。

京都四条 月岡サヨの小鍋茶屋』 柏井 壽:著/講談社:刊/1,550円+税

時は幕末、15歳のサヨは、実家の旅籠『月岡屋』の経営状態が悪化したため、近江草津を離れて京に働きに出ることになった。清水寺の境内にある茶店で働いて2年。好きな料理に携われないことに悩むサヨは、ふとした縁で料亭女将のフジと知り合い、伏見の『菊屋旅館』に移って料理の腕前を発揮する。

それから2年。フジの計らいで寺の境内に小さな食事処を開いたサヨは、昼はおにぎり屋、夜は『鍋茶屋』を営んで繁盛させる。幕末の京には、諸国から志士が集まっていた。「旨いしゃもをかまえてきいや」と土佐弁で予約をした一人客のために、サヨは小さい土鍋を買い、しゃも鍋を作る。若狭の鯖の酢〆、海老芋と棒鱈の煮付け、近江こんにゃくの天ぷらと海老豆、なまり節……。快活で澄んだ目をした侍はサヨの料理を気に入り、何度も訪れてくれる(第1話 しゃも鍋)

さらに鰻鍋、黒豚鍋、鱧鍋、豆腐鍋と、5話から成る幕末時代小説。京都市内で歯科医院を営む傍ら小説、エッセイを執筆、京都特集の監修も手がける著者が、サヨの料理の数々と『鍋茶屋』をめぐる人間模様を描く。何より料理が美味しそうで、鍋料理が食べたくなる。一人で店を切り盛りするサヨの頑張りに、心身が温かくなる小説だ。

(C・A)

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