Web版 有鄰

580令和4年5月10日発行

原田ひ香と『古本食堂』 – 人と作品

神保町の古書店を舞台とした素敵な本と美味しい食と優しい人々の物語

原田ひ香
原田ひ香
(撮影 喜多剛士)

上京した大叔母が、大叔父の遺した古書店を再開

本と食と人間ドラマ。本の街、神保町の古書店を舞台にした長篇小説である。

「神保町を舞台に何か書きませんかと依頼されて、一章に一つずつ本と食べ物を出しながら、古書店を継いだ人が街になじんでいく物語を考えました。相続をめぐって親戚たちの思惑が絡むのは面白そうだし、上京した人の目から見た神保町や東京を描いてみたいと思いました」

古書店を営んでいた大叔父、鷹島滋郎が独身のまま急逝し、北海道帯広市に一人で暮らしていた妹の鷹島珊瑚が財産の大半を相続する。古書店をビルごと所有していた滋郎の財産は最低1億はする。神保町の近くにある女子大に通う美希喜は、財産の成り行きを気にする母に”監視”を命じられ、大叔母が上京して再開した「鷹島古書店」に出入りするようになる。

「突然遺産が転がり込んで困った感じから始まり、珊瑚と美希喜という年の離れた二人が小さな古書店にかかわっていきます。古典を絡めたくて、美希喜を日本文学科で中古文学を学ぶ大学院生にしました。幼い帝がかわいくて物語に入れたいなと、今回私も『讃岐典侍日記』を読み直して、御簾の中の帝の枕元にいるようなリアル感を覚えました。日本の古典には面白いものがたくさんあるんです。もっと気楽に古典を読んでみたらどうかなと思って、いろいろ取り入れました」

とりあえず店の状況を知り、借金もないところで閉めようと考えていた珊瑚だったが、店を営むうちに東京の生活になじんでいく。

「各章で主題にした本は私が読んでいたものばかりで、絶版や品切れなどで新刊書店に並んでいないようなものにし、『お伽草子』だけは連載中に古書店で見つけました。料理本、ノンフィクション、写真集、古典と鷹島古書店はいろんなジャンルを扱っていますが、店主の個性が出るのも古書店の魅力ですよね。ここの品揃えはいいなと眺めていたら店主がぶっきらぼうなおじいちゃんで、好みが一緒なのかなと思いながら買ったりして。私は紙の本の方が集中して読めるんです。面白い本を集中して読むと気が楽になるし、辛いニュースが続くときこそ紙の本で自分を休ませてあげたい。この小説に出てくる古本は紙の本ですし、癒しになる感じも伝えたいと思っていました」

お寿司、カレー、中華など、次々登場する食べ物も実に美味しそうである。

「神田神保町は老舗や美味しい食べ物がたくさんあるので、食の要素はぜひ入れたいと思いました。コロナ禍中の連載で、テイクアウトなど人と人が少し距離をとってやり取りする雰囲気になり、連載時のひしひしとした圧迫感もこの小説の個性になりました。珊瑚と美希喜のように年が離れていても、好きな本が違っても、本を介してお互いにわかり合う連帯感や繋がりが本を読む人たちにはある。時代小説を読んできた人が、何かのきっかけでノンフィクションを読んでこれも面白いとわかる感じがこの物語の核になっていると思います。本を読む人は世界中にいて、70歳くらいになるまで珊瑚も北海道で本を読んでいた。兄の遺した古書店で、本を通して人と出会っていきます」

手がけてきたジャンルを書きつつ、新しい領域に踏み込む

1970年、神奈川県生まれ。2005年、「リトルプリンセス2号」で第34回NHK創作ラジオドラマ大賞、2007年、「はじまらないティータイム」で第31回すばる文学賞を受賞した。

「私がたくさん本を読むので、母が地元の新聞の読者交流欄で呼びかけて、『少年少女世界の名作文学』をほぼ全巻譲ってもらいました。いろんな国の物語がある中で日本編を何度も読み、日本の作品が自分に合うんだろうなと大学の国文科で中古文学を専攻しました。高校時代に国語の先生に聞いて村上春樹さんの作品を読んだら、それまで読んでいた小説と違うことに驚いて、新作を心待ちにするようになりました。

帯広に住んでいるときにシナリオを書いて最終選考に残り、帰京してシナリオの仕事に携わり、小説を書き始めました」

「三人屋」「ランチ酒」シリーズ、『三千円の使いかた』など著書多数。

「食べ物、お金など手がけてきたジャンルを書きつつ、新しい領域に踏み込んでいきたい。『古本食堂』は、社会の負の要素を交えずに描くことができました。好きなことを描いていけたらいいなと思っています。子どものような言い方ですけれど(笑)」

(青木千恵)

『古本食堂』・表紙

古本食堂
原田ひ香/角川春樹事務所/1,760円(税込)

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