Web版 有鄰

581令和4年7月10日発行

神奈川の高校野球-その魅力を探る – 2面

大利 実

全国高等学校野球選手権神奈川大会開会式(2014年)

全国高等学校野球選手権神奈川大会開会式(2014年)

全国最大の激戦区・その高い人気

父親の実家が阪神甲子園球場から徒歩圏内にあったこともあり、物心ついたときから、高校野球が身近にあった。夏休みに帰省した際には、外野席で「かちわり」を食べながら甲子園を見ることが、夏の楽しみだった。

2歳から相模原市に住んでいた影響で、特別な存在だったのが神奈川代表だ。テレビ神奈川(tvk)の試合中継に熱中し、神奈川新聞や朝日新聞を切り抜いてスクラップをするなど、マニアックな少年だったかもしれない。

今では、神奈川の高校野球を取材することが仕事になった。「何でライターになったのですか?」と聞かれると、「野球が好きだから」とともに「平日でも、神奈川の高校野球が見たかったから」と真面目に答えている。

神奈川は、「全国最大の激戦区」と呼ばれることが多い。春夏全国制覇の経験を持つ横浜、東海大相模を筆頭に、桐光学園、慶應義塾、桐蔭学園、日大藤沢、横浜隼人ら、強豪私学が立ち並び、紙一重の戦いが繰り広げられる。

参加校数が多いのが特徴で、1988年の第70回大会で初めて200校を突破すると、2000年には過去最多の207校が参加した。近年は少子化の影響で連合チームが増え、公立高校の再編等の影響もあり、2021年は189校(176チーム)に減少。それでも、全国トップクラスの参加校に変わりはない。

「コロナ禍以前は、夏の大会だけで20万人のお客さんに足を運んでいただいていました。1日で12球場を使うのは、おそらく神奈川だけ。各地に立派な球場があり、地元の学校を応援するためにお客さんが集まる。選手にも指導者にも、大きな励みになっているのは間違いありません」

語るのは、2021年春から県高野連の専務理事を務める榊原秀樹先生だ。20年近く、横浜隼人の部長を務め、2009年には水谷哲也監督とのタッグで、悲願の甲子園初出場を遂げた。

「毎年、夏の決勝の横浜スタジアムは満員札止めです。横浜スタジアムの球場主任をしていたときには、決勝の朝に車で球場周辺を回っていましたが、最後尾がどこかわからないぐらいの長蛇の列。楽しみにしてくださるファンが多いことを毎年実感していました」

数年前、私の知人が初めて決勝戦を見に行ったが、あまりの観客の多さに、「とんでもないところですね」と驚いていた。外野席の最上段には、立ち見の観客まで出るほどだ。

野球を好きになる土壌がある

ここまで人気が出た理由はどこにあるのか。

「いつも身近に野球がある。それが一番だと思います。少年野球、中学野球、高校野球、大学野球、社会人野球、独立リーグ、プロ野球と、野球に触れあう機会が多い。夏の神奈川大会では、1回戦からテレビ神奈川で中継があり、神奈川新聞も大きく報じてくれています。野球を好きになる土壌があるのが、神奈川の魅力だと思います」(榊原専務理事)

テレビ神奈川の開局は1972年。神奈川大会や横浜DeNAベイスターズの中継でお馴染みのアナウンサー・吉井祥博さんによると、開局1年目から高校野球の中継が始まったという。もちろん、1回戦からだ。

「1972年は、秦野高校が決勝に勝ち進んだ『秦野旋風』の年。テレビ中継を見るために、UHFのアンテナの販売数が増えたそうです」

今から50年前、時代を感じる話である。

「20年ほど前に、漫画家の水島新司さんに開会式の番組ゲストに来ていただいたことがありましたが、『ドカベン』の舞台が神奈川になったことに関して、『神奈川の学校数に魅力を感じたんです』とおっしゃっていました。校数が多いと、それだけのドラマも生まれますよね」

私学優勢の神奈川だが、2019年夏の準々決勝で横浜に打ち勝った県相模原、私学と対等の戦いを見せる川和、白山、相模原弥栄、藤沢清流ら、一筋縄ではいかない公立も多い。

さらに、吉井さんは、神奈川の魅力のひとつとしてこんな話も教えてくれた。

「時代、時代に『主人公』がいますよね。主人公が勝つこともあれば、負けることもある。それがひとつのドラマとして成り立つことで、多くのファンを魅了するのだと思います」

オールドファンであれば、東海大相模で活躍し、現在は読売ジャイアンツを率いる原辰徳監督の顔が浮かぶかもしれない。30~40歳の年代であれば、横浜で春夏連覇を果たした松坂大輔投手だろうか。ファン一人ひとりによって、思い入れのある選手が違うはずだ。

ライバルの存在が強くする

私の頭に思い浮かんだ主人公は、東北楽天ゴールデンイーグルスのクローザー・松井裕樹投手だ。

桐光学園の2年生エースとして、2012年夏の準々決勝で横浜を破り、甲子園の初戦では伝家の宝刀・スライダーを武器に、今治西から22奪三振の大会新記録を樹立。秋の新チーム後、野呂雅之監督から「周りから"松井裕樹になりたい″と思われるような選手を目指していこう。松井裕樹とはどんなピッチャーなのか、自分で探していけ」と声をかけられ、さらなるレベルアップを目指した。

迎えた3年夏、準々決勝で横浜と再戦するも、高濱祐仁選手、淺間大基選手(ともに北海道日本ハムファイターズ)にホームランを浴びて、3対4で惜敗。整列の挨拶に並ぶときから、大粒の涙を流していた。

2018年春に、拙著『激戦神奈川高校野球 新時代を戦う監督たち』(インプレス)で取材した際、横浜に対して印象深い言葉を語っていた。

「特別な存在でしたね。自分は横浜高校の存在があったから、頑張れたと思っています」

プロに入ってからは、神奈川の同世代との対決を楽しみにしている。

「神奈川の高校でやっていた選手が、プロで活躍しているのを見ると、本当に楽しいです。相模の小笠原(慎之介/中日)がいて、横浜の藤平(尚真/楽天)がいて、隼人の宗(佑磨/オリックス)がいて……」

ライバルがいるから強くなれる。それは、学校、選手、指導者のすべてに通じることだ。

歴史を紐解くと、1957年から夏の5連覇を果たした法政二のあと、武相の時代に入り、1960年代後半からは東海大相模が9年間で7度の優勝。ここから、桐蔭学園、横浜、横浜商、日大藤沢などが覇権争いに加わり、1990年代の後半から桐光学園、慶應義塾らが優勝争いに絡むようになってきた。

一時代を築いた東海大相模・原貢監督を、横浜・渡辺元智監督が追いかけ、渡辺監督が時代を作ってからは、東海大相模・門馬敬治監督が背中を追うようになった。そして、門馬監督が2019年春から2021年夏にかけて県内45連勝を果たすなど強さを見せると、今度は横浜・村田浩明監督が、「打倒・相模」を掲げる。

2022年は、春の県大会で桐光学園が12年ぶりに優勝を果たす一方で、横浜と東海大相模は準々決勝で敗退。両校ともに夏の第1シードを逃すのは、じつに12年ぶりのこと。東海大相模は、昨夏の新チームから元巨人の原俊介監督が指揮を執る。

ここから神奈川の勢力図が変わっていくのか。新たなドラマ、そして主人公の誕生を楽しみにしたい。

大利 実(おおとし みのる)

1977年神奈川県生まれ。スポーツライター。
著書『育成年代の「技術と心」を育む 中学野球部の教科書』 カンゼン 1,980円(税込)他多数。

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