Web版 有鄰

581令和4年7月10日発行

宮部みゆきと『子宝船』 – 人と作品

江戸深川の不可解な事件の謎解きに
「きたきたコンビ」が挑み、成長していく物語

宮部みゆき
宮部みゆき
(撮影:塔下智士)

いろいろ盛り込む欲張りなシリーズとしてスタート

江戸深川で大小の事件に遭いながら、二人の「きたさん」が大人になっていく。人気シリーズの第2弾である。

「これから10年で新しいことをしたいのと同時に、これまでしてきたことを一つの世界に畳む仕事もそろそろ考えなければと思うようになりました。そこで以前の作品で未解決の事件を解明したり、消息が気になる人物をカメオ出演させたり、あらゆることを盛り込んでいく欲張りなシリーズになったんです」

親代わりの岡っ引き、千吉親分が亡くなり、16歳の北一は「富勘長屋」に引っ越して、文庫(戯作本や小物を入れる箱)売りで生計を立てている。この夏、独立して自ら商いを始めた。

「『桜ほうさら』でいろいろな生業を持っている住人たちを出しながら一人ひとりを描ききれなかったですし、奥さんが亡くなった治兵衛さんの事件も未解決なので、新しくシリーズを始めるなら富勘長屋を舞台にしようと思っていました。笹間良彦先生の『大江戸復元図鑑〈庶民編〉』に【文庫売り】が行商の一つとして紹介されていて、見た目もきれいなので、北一の商売を文庫売りにしました」

シリーズ第1巻で、北一は湯屋の釜焚きをする喜多次と出会った。ミステリアスな美少年、喜多次は腕っぷしがめっぽう強い。3話構成の第2巻は宝船の絵の騒動で始まり、弁当屋の一家三人が殺される大事件へと展開する。

「北一は頼りないので年の近い相棒が必要で、最初からバディものにしようと思っていました。髪が薄くて髷が結えない北一のビジュアルは、このシリーズの大事な要素です。時代小説らしいいでたちのおかみさんや富勘、長屋の人たちに髷のない北一と喜多次が交じると、二人が未完成である印にもなる。第2巻は不可解な事件から始め、3話全体で一つの話として構想しました。1巻目とはレベルの違う大事件に北一は遭遇してしまいます」

恐ろしい事件を描きながら語り口は柔らかい。三木謙次氏による挿画もほのぼのとしていて、読み始めるや宮部ワールドに引き込まれる。

「このシリーズをきっかけにして、時代小説って難しくないんだと思ってもらえたら、面白い作品がたくさんある古今の時代小説への入り口になるのではと思い、話し言葉や今風の言葉を意識的に取り入れています。ただ江戸ものらしい雰囲気を壊してはいけないので、まだまだ試行錯誤しながら書いています」

時代ものを書きながら今の事件のような感触を覚える

1960年、東京生まれ。87年、「我らが隣人の犯罪」でオール讀物推理小説新人賞、92年『龍は眠る』で日本推理作家協会賞、『本所深川ふしぎ草紙』で吉川英治文学新人賞、93年『火車』で山本周五郎賞、99年『理由』で直木賞、2001年『模倣犯』で毎日出版文化賞特別賞、02年に同書で司馬遼太郎賞、07年『名もなき毒』で吉川英治文学賞を受賞。

「海外ものも含め、テレビドラマが私の創作の原点になっていると思います。若い頃には家族と一緒に時代劇ドラマを観たり、謎解きものが好きで、江戸のシャーロック・ホームズと言われる『半七捕物帳』を図書館で借りて読んだりしていました。風習や小道具、言葉の使い方が面白くて夢中になりました」

近年は時代小説に注力し、「ぼんくら」「三島屋変調百物語」「きたきた捕物帖」シリーズなどを生み出している。

『半七捕物帳』を読み返すたびに、人間の本性は変わらないんだな、たいへんな教養人だった岡本綺堂は、人の世のすべてを捕物帳に書いてたんだな、と改めて思います。金と欲がどれだけ人間を動かし、人を腐らせるか、悪事を企む人がいると、周りに首を突っ込んでくる小悪党がいる。自分の人生を思い通りにするためには周りの人を傷つけても構わない、そういう傾向は現代も強まっている気がします。時代ものですが、現代的な感覚が多々あり、今でも起こりうる事件のような感じがして、考えさせられます。ご近所トラブルから大事件まで、事件の質を見極めながら、どう対処するかを北一は学んでいきます。今で言えば高校1年生くらいの北一には犯人の心理も事件の真相もつかみ難くて、『隅から隅まで謎解きをしない』話になっているのですが、読者の方には想像できて納得してもらえるようにしたい。これからの10年で、二人が一人前になるまでを書いていきたいと思っています」

(青木千恵)

『子宝船』・表紙

子宝船
宮部みゆき/PHP研究所/1,760円(税込)

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