Web版 有鄰

582令和4年9月10日発行

有鄰らいぶらりい

戴天』 千葉ともこ:著/文藝春秋:刊/1,980円(税込)

『戴天』・表紙

『戴天』
文藝春秋:刊

中国、唐の第六代皇帝、玄宗の時代。皇帝は楊貴妃を寵愛して政務を怠り、ならず者だった楊国忠が楊貴妃の縁で宰相に取り立てられて、朝廷は腐敗を極めていた。

天宝十載(751年)、名門貴族の出身で23歳の崔子龍は、長安から遠く離れた辺境で、唐軍の総大将、高仙芝の戦いを見守っていた。幼馴染だった王勇傑のトラブルに巻き込まれて廃嫡された子龍は、軍の監視役である「監軍」の隊長になった。監軍を統べる監軍使の辺令誠は、権力の中枢にいる宦官だ。辺令誠は、「英雄」として人望を集める高仙芝と反目し、唐軍は大敗。敵軍と通じ、宦官の隊長・牛蟻を惨殺した辺令誠の非道に憤る子龍は、落ちのびて復讐を誓う。

それから4年、天童と謳われる15歳の僧、真智は、楊国忠の不正を皇帝に訴え出る機会を狙っていた。皇帝の御前で競走する催しに出て、健脚の女性と出会う。夏蝶と呼ばれるその女性は、楊貴妃付きの婢だった――。

幼馴染で、英雄ごっこに興じていた崔子龍、王勇傑、杜夏娘の男女3人は、数奇な運命をたどった。動乱の世でふたたび絆が結ばれていく過程を、スケール豊かに描いた中国歴史長編。2020年に『震雷の人』で第27回松本清張賞を受賞、デビューした著者の2作目である。

セカンドチャンス』 篠田節子:著/講談社:刊/1,815円(税込)

なんとなく30を過ぎた頃に母が倒れ、大原麻里はそれから20年あまりを母の介護に費やしてきた。昨年母を看取り、51歳になっている。十数年ぶりに検診を受けて高血圧、高脂血症と診断され、医師の勧めで、麻里は運動を始めることにする。

堤防の際に建つ「相模スポーツセンター」は、平屋建ての総合ジムである。麻里は水泳を習い始め、個性豊かな面々と出会う。理論重視のインストラクター、岸和田元気のクラスは人数が少なく、人気クラスに集う大人数の女性を避けてきたと見られる男たちや、競技レベルの実力者で群れを嫌う伊津野七海らの中に、まったくの初心者である麻里が混じる。

水泳を始めて2ヵ月が経ち、麻里の体形や検診の数値に変化が起こり始める。忘年会の帰り道で岸和田と話した麻里は、パンを焼いて差し入れをするが、拒否される。しゅんとする麻里に岸和田はマスターズ大会のチラシを差し出し、「一緒に頑張りましょう」と言うのだが……。

そしてクラスで目指すことになる、大会の行方は? 50で母を看取り、〈この先の人生は、ゆるゆると下りながらただ生きていくだけ〉と思っていた麻里の人生が変わっていく。競技の臨場感も交え、水泳教室の人間模様を巧みに描いた長編小説だ。

広重ぶるう』 梶よう子:著/新潮社:刊/2,310円(税込)

定火消同心の子として武家に生まれた徳太郎は、幼い頃から画を描いて褒められていた。文化6年(1809)に母が亡くなり、13歳で元服、重右衛門と名をあらため安藤家の当主になる。ほどなく父を亡くし、いつか安藤家を出るために、銭の稼げる町絵師になろうと志す。

人気絵師の歌川豊国に入門を断られ、歌川豊広に弟子入りした重右衛門は、わずか1年で「広重」の画号を与えられる。16歳の重右衛門は増長し、すぐに認められるつもりで役者絵や美人画を描いたが、鳴かず飛ばずで三十路を迎える。「家もなくなる。禄も失う。絵師としても半ちく者」。版元で絵双紙屋の岩戸屋喜三郎に言われ、怒りながら街を歩いた重右衛門は、渓斎英泉の団扇絵を見て舶来の新色、ベロ藍に出会う。「この藍があれば、江戸をもっと美しく、広がる空をもっと活写出来る」。風景画に転じてからも苦闘は続くが、天保4年(1833)、『東海道五拾三次』が大当たりし、人気絵師の座を掴む――。

妻や愛弟子に先立たれ、50を過ぎて枕絵を描く。政情不安と天変地異に見舞われる世の中で、人々が暮らす街と空の美しさを発見した、歌川広重の生涯を描く長編小説。ゴッホなど西洋の画家にも影響を与えた広重の、遅咲き人生を活写している。

ナゾトキ・ジパング』 青柳碧人:著/小学館:刊/1,650円(税込)

精南大学の男子寮、《獅子辰寮》の代表寮生になった長瀬秀次は、アメリカから来た新寮生、ケビン・マクリーガルのルームメイトを任される。旅行会社に勤める父の影響で、日本に憧れ、ようやく留学を許されたというケビンは、日本語をよく話し、日本の文化に興味津々だ。

新学期を控えた3月末、花見をしていると、後輩の六車が泣きながらやってくる。文芸サークル《友ペン会》OBの死体を発見し、警察に拘束されていたという。被害者のOBは10年前に卒業し、ミステリ作家を目指していた。《友ペン会》の部室の鍵は1本しかなく、部長の筒井怜美から鍵を預かっていた六車が怪しまれたのである。警視庁捜査一課の刑事、田中と浦辺は怜美を連行する。鍵がもう1本見つかったのだ――(第1話 SAKURA)

富士山に登りたいというケビンを、神社の富士塚に連れていって事件に遭遇する第2話、茶室のアリバイを解く第3話、すき焼き宴会中に寮生の元カノが現れる第4話、被疑者になった寮生を追って京都に行く第5話。日本の名物や名所をめぐり、天真爛漫に謎を追いかけるケビンの推理が冴えわたる。『むかしむかしあるところに、死体がありました。』が2020年本屋大賞にノミネートされた著者による、本格ミステリ。

(C・A)

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