Web版 有鄰

592令和6年5月10日発行

馳星周と『フェスタ』 – 人と作品

小さな生産牧場で産まれたサラブレッドに託された夢――
世界最高峰のレース「凱旋門賞」を目指す、ホースマンたちの群像劇

馳星周
馳星周
撮影・露木聡子

人々の夢を乗せて走る、熱き物語

パリで開かれる、世界最高峰のレース「凱旋門賞」。日本調教馬による凱旋門賞制覇を目指す、ホースマンたちを描いた群像小説である。

「凱旋門賞で優勝することは日本競馬界の悲願だと、だいぶ前から言われているんです。日本勢は4度の2着が最高で、そのうちの3度が、僕の大好きなステイゴールドという馬の産駒なんです。ステイゴールドの血を引く馬を連れていくのはありうるし、メインストリームではない人たちが、夢に向かって突き進む小説を構想しました」

物語は、北海道浦河町にある生産牧場から始まる。凱旋門賞で勝つ馬を作ろうと、長年取り組んできた牧場主・三上収の元で、ステイゴールド産駒のナカヤマフェスタを父に持つ牡馬が生まれる。カムナビと名付けられた馬は、人々の夢を乗せて走り出す。

「一頭のサラブレッドには多くの人が関わっていて、その人たちを書きたかったので群像劇にしようと最初から思っていました。競馬は物語の宝庫なんです。携わる人の数だけいろんな物語がある。基本的にあるのは馬に対する愛で、愛情があるところにはそれだけ美しい物語が転がっているんだと思いますね」

祖父、父から受け継いだ荒い気性で、先行きが危ぶまれたカムナビだったが、重賞に勝ち、凱旋門賞に挑む。

「凱旋門賞に向けて、どのレースで、どうやってカムナビを勝たせようかは考えました。カムナビは逃げ馬なんですね。ダービー馬を連れていって勝てないなら、逃げ馬が面白いんじゃないかと構想して。パンサラッサという馬も逃げ馬で、一昨年の天皇賞で大逃げを打ってイクイノックスに負けるんですが、逃げ馬の魅力があるんです」

レース場面は、白熱、迫真の展開だ。本書には人間の夢や情熱が描かれている。

「競馬が夢の競技だからだと思います。競馬がなぜ人を惹きつけるのかというと、人と馬の共同作業で、みんなで夢に向かっていく競技だから。僕はこの小説に出てくる浦河町という馬産地で生まれ育って、子供のときは馬のいないところに住みたいって考えていたんです(笑)。競馬をたまたま見たら、馬が一生懸命に走っているところにはまりました。ノワールだけだと飽きてきて、僕は40代半ばぐらいのときに、書きたいことを書きたいように書こうと決めたんです。だから若い人たちにとっての僕は、犬と馬の小説家ですよ。犬と馬は、人間にとって特別な動物だと思います。人の生活と密接していながら、人間は打算の生き物だけど、動物は純粋。その対比に惹かれるところはあるかもしれません」

小説を読むことで培われたリアリティ

1965年、北海道生まれ。横浜市立大学卒業。96年、『不夜城』でデビュー。翌年に同作で第18回吉川英治文学新人賞。98年『鎮魂歌 不夜城Ⅱ』で第51回日本推理作家協会賞、99年『漂流街』で第1回大藪春彦賞、2020年『少年と犬』で第163回直木賞を受賞。

「子供の頃は病弱で外で遊べなくて、いろんな本を読んでいました。小学校の図書室にあった江戸川乱歩の少年探偵団シリーズ、ホームズ、ルパン、ジュブナイルものを読んで、ドリトル先生シリーズが好きでした。中学生に上がる頃、友達に勧められた星新一さんの作品から日本のSFにはまり、一番好きな作家は筒井康隆さんでしたね。平井和正さんや田中光二さんがあとがきで触れていたレイモンド・チャンドラーやアリステア・マクリーンを読んで、ハードボイルドや冒険小説にはまりました。大学時代に新宿ゴールデン街の『深夜プラス1』で働いて、ノワールに傾倒しました。ライターをしていた雑誌が休刊し、一回本気で小説を書いてみようと書いたのが『不夜城』です」

鮮烈なデビューから、およそ30年が経つ。

「小説が好きで大量に読んでいたので、リアリティを出す手法は、先達の作品がお手本になって自然に培われたと思います。競馬小説も、競馬を好きな人も、知らない人も、誰でも楽しめるように書いています。そのときに自分が何に興味を持つかで変わって、初めて競馬を題材にした『黄金旅程』の連載中から、うちでも競馬の小説をと言われました。編集者にも競馬ファンは多くて、こんなに立て続けに競馬小説を書くとは思っていなかった(笑)。すべての作品が特別だし、すべての作品に小説家としての熱量と技量をぶつけている。プロフェッショナルとして淡々と仕事をしています」

(青木千恵)

『フェスタ』・書影

フェスタ
馳星周/集英社/2,090円(税込)

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