Web版 有鄰

483平成20年2月10日発行

有鄰らいぶらりい

悪果』 黒川博行:著/角川書店:刊/1,800円+税

警察を舞台にしたハードボイルドであり、小気味のいい警官コンビが悪の組織と対決するピカレスク小説(悪漢小説)であり、大阪府警の腐敗ぶりを槍玉に挙げた、暴露小説としても話題になった力作である。

大阪府警今里署の暴力団犯罪対策係の堀内巡査部長が主人公。相棒の伊達とともにヤクザ2人と賭けマージャンをやっているところから話が始まる。勝てば容赦なく取り立てるが、負ければツケにしてチャラにする。

そこへ堀内のネタ元から電話が入り、堀内は、個人情報のデータを渡すのと引き換えに、賭場の情報を引き出す。ここらは巨悪を暴くための小悪ともいえるが、警官の印鑑を預かり、各種の偽造文書をつくって裏金をつくり、幹部へ上納するという組織ぐるみの腐敗には驚く。裏金問題で大阪府が府警に捜査を依頼したときの伊達のせりふ。「府庁のバカどもは、武装強盗団にコソ泥を捜査せいというとるんやで」

話は堀内のシノギの片棒を担いでいた経済紙の編集長が殺されるという殺人事件に発展する。悪徳刑事2人の大阪弁のやり取りや、街のチンピラなどを見るとやたらと喧嘩したがる伊達の行動などがユーモラスで、テンポよく読ませる。やはり警官が主人公の佐々木譲『警官の血(上・下)』(新潮社)とともに、先の直木賞で最後の3作に残ったが、「相打ちとなって」(北方謙三・選考委員)、桜庭一樹『私の男』に受賞を奪われた作品である。

十五万両の代償』 佐藤雅美:著/講談社:刊/1,900円+税

十五万両の代償・表紙

十五万両の代償
講談社:刊

女色にはしり大奥で53人の子供をつくりオットセイ将軍とも呼ばれた家斉が主人公。しかし、話は江戸幕府の権力と、京の宮廷の権威との駆け引き、賄賂の横行の実態。鬼平こと火盗改・長谷川平蔵や遠山の金さんこと北町奉行・遠山景元の実像に至るまで多岐にわたっている。しかも、細部にわたって史料にあたって克明に取材されており、興味深いと同時に、その密度の高さに驚かされる。

また、話の主役も、家斉より実際に幕政を執行した田沼意次、松平定信らの老中連や家斉を操って田沼を追い落とした実父の一橋治済[はるさだ]などが大所を占める。田沼と松平定信は、「白川の清き流れに魚棲まず濁れる田沼いまは恋いしき」という狂歌で有名。「白川」は奥州白河の藩主だった定信を指す。賄賂が横行した田沼時代を一新、寛政の改革を実行したのが定信だが、あらゆる遊興を禁止した倹約令で世は一挙に不況に陥った。

定信とその改革を受け継いだ松平信明が亡くなったあと45歳になっていた家斉は「倹約はもう飽きた。贅沢がしたい」と、のちに老中となる腹心の水野忠成に命じる。忠成は貨幣の改鋳という手段で財政をうるおし、倹約・緊縮令を解いたから、世は未曾有の好景気に沸いた。

ただし、幕府財政は再び危機に陥り、水野忠邦による過酷な倹約などの天保の改革が始まる。

日本ペンクラブ名スピーチ集
日本ペンクラブ:編/創美社発行・集英社発売/1,600円+税

日本ペンクラブが会員を対象に年に数回行なっている例会などにおけるスピーチから選んでいる。浅田次郎、阿刀田高、アルフォンス・デーケン、井上ひさしなど16氏。

スピーチ(講演)というと堅苦しいものや、お座なりのものを連想するが、さすが同業者を相手にしたものだけに読み応えのある内容の話が多い。下重暁子氏は夫とともに放送局のエジプト支局にいた時の話。砂漠の中の塩水湖に行ったとき、籠売りから安く値切って喜んでいたら、支局の運転手モハムッドは言い値で買っている。驚いて聞いたら「富は有る方から無い方へ流れるのがコーランの教え」と言われ、顔から火が出るほど恥ずかしかった、という。

先年亡くなった米原万里氏はロシア語通訳時代の話。アゼルバイジャン共和国を訪問した日本の市長が乾杯の挨拶に立ち、グラスの液体を見ながら「ぼくはこのアルメニアのコニャックに目がないんだなあ」と言ったら、会場の空気が殺気立った。当時、アルメニアとアゼルバイジャンは流血の紛争中。日本語は分からないが、「アルメニア」と「コニャック」という言葉に反応したのだ。米原さんはとっさに、「アルメニアのコニャックが世界一と思っていたが、お国のものにはかないません」と、誤訳して事なきを得たという。

人間の関係』 五木寛之:著/ポプラ社:刊/1,100円+税

よく知られているように、著者は波乱に満ちた生活をたどってきた。13歳で北朝鮮で敗戦を迎え、ソ連軍の支配下を脱出して米軍下にのがれ、日本に逃げ帰った。九州福岡の実家から高校に通ったが、手に職をつけろという父の意向に反し、上京して早稲田大学露文科に通う。しかし学費はおろか生活費もなく、ついに行きづまり、退学。

一寸先はヤミという言葉があるが、著者の前半生はまさに一寸先はヤミだった。著者は今、3度目のウツ病に陥っているという。どうしたらウツから抜け出せるか。著者はノートをつくった。「歓びノート」と名づけた。よろこばしいことがあったら、それを記入する日記だ。しかし、やがて、歓びより悲しみのほうが人間の感情として深いことに気づく。そこで次は「悲しみノート」。そして3度目。70歳を過ぎて、こんどはもっと深刻なウツにかかった。そこで人間と人間との原点ともいうべき人間の関係を熟慮するに至る。「人はひとりでは生きられない存在です」。

変わる時代に変わらぬものは何か。そこに見えてきたのが「人間の関係」だという。何気なく見過ごしていた人間存在の原点を考えさせてくれる。

(K・F)

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