Web版 有鄰

475平成19年6月10日発行

最相葉月と『星新一 一〇〇一話をつくった人』 – 人と作品

関係者への取材と遺品から実像に迫る評伝

最相葉月氏
最相葉月

製薬会社の御曹司から作家へ

『ボッコちゃん』『ようこそ地球さん』『人民は弱し官吏は強し』など、今なお愛読され続ける作家、星新一(1926年−1997年)。その実像に迫る評伝を書き上げた。

「2001年に随筆を依頼されて、何気なく『ボッコちゃん』を手に取ったのがきっかけです。少子化やネット社会を星新一が予見していたことに気づき、作品を読み返し、どういう人だったのかに興味を持ち、2003年に香代子夫人に取材を申し込みました」

1957年、SF同人誌に発表した短編が『宝石』に転載され、星新一はデビューした。斬新なアイデアのショートショートを書き続け、1983年、出版社9社に「1001編目」を平等に渡す。1001編以上の物語を作り出し、読者を熱中させた。

「私は、中学生だった70年代に熱中した読者のひとりです。あれほど夢中で読んだのに、大人になり、物語の内容を忘れていました。それでも、何か小さなかけらが心に落ちていて、かけらの正体を見極めてみたかった。改めて作品を読むと、エヌ氏という具体性のない人物、時事風俗や固有名詞に触れない表現から、無色透明で超越した印象を持っていましたが、実は時代の影響を受けたスター作家だったと気づきました。大正15年生まれで昭和を丸ごと生き、高度成長期、宇宙時代にSF界のトップの座に躍り出た人でした」

小さな紙の切れ端に書かれた構想メモから下書きに至るまで、あらゆる物が保管、遺されていた。遺品を調べ、生前を知る作家、編集者ら134人に取材した。

星新一は本名親一。星製薬の創業者で、衆院・参院議員を務めた星一の長男として生まれた。祖母の小金井喜美子は森鷗外の妹である。1951年に父が急死、24歳で会社を継ぐと、借財まみれの現実に直面する。血縁関係が不明瞭な親族、労働組合、乗っ取りや遺産を狙う人々が次々と現れ、わずか1年半で社長の座を譲る。1956年の日記補遺欄に、<今日あたり死のうかな>と記すほどの辛酸を舐め、やがて会社を退いた。

「取材するうち、星新一は相手によってチャンネルを切り替える、本性を誰にもみせない人だったのではと思いました。そのカギは、経営に手を染めた“空白の6年間”にある。当時を知る友人の牧野光雄さんに時間をかけて思い出していただき、星さん自身の手記を得て、この空白を埋めることができたら評伝が書ける手ごたえを得ました」

製薬会社の御曹司・星親一から、作家・星新一へ。「ボッコちゃん」が発表される1958年、日記に大きな変化が現れる。星製薬の頃から愛用していた「博文館當用日記」から、山と渓谷社発行の「アルパイン・カレンダー」へ、日記帳そのものが変わり、解放感が漂っていた。ただし、新たに歩み始めた作家業も、決して平坦ではなかった。

「作家・星新一として生まれ変わったことを印象づけるように書くのに、苦心しました。作家になることはできても、継続して書くのは苦悩の連続で、人間関係や流行など執筆以外の事件もたくさん降りかかってくる。書き続けることがどれだけ大変か、小説家とは何かを考えました。また、星新一が書いていた時代に比べて、インターネットや携帯電話の影響で、これからますます本を読む習慣が消えていくのではないか、との危機感も感じました」

科学技術の進展で起きていることをきちんと言葉に

1963年、東京生まれ。関西学院大学法学部卒業。広告会社などを経てフリー。1997年、『絶対音感』で小学館ノンフィクション大賞を受賞。科学技術と人間の関係性、スポーツなどをテーマに執筆。主著に『青いバラ』『東京大学応援部物語』などがある。

「人間の感性は揺れ動くものなのに”絶対”とは何だろう?と『絶対音感』を書きましたし、私の興味の発端は“違和感”です。これ以上寿命が長くなって幸福か? など、違和感を最も感じる分野なので科学技術をテーマにしています。臓器移植や人工授精について、星新一さんは技術のほんの端緒が現れた段階でとらえ、未来を予見する小説を書きました。私も、科学技術の進展で起きていることを、きちんとみて考え、言葉にしておきたい。今から35年以上前、吉村昭さんが世界初の心臓移植を試みたバーナード博士を南アフリカまで行って取材しています。それを知って感動しました。私の本も、『この時代に問題意識を持って取材した人がいた』と、後年、誰かに思ってもらえたら嬉しいですね」

(青木千恵)

『星新一 一〇〇一話をつくった人』・表紙

星新一 一〇〇一話をつくった人
最相葉月/新潮社/2,300円+税

『書名』や表紙画像は、日本出版販売 ( 株 ) の運営する「Honya Club.com」にリンクしております。
「Honya Club 有隣堂」での会員登録等につきましては、当社ではなく日本出版販売 ( 株 ) が管理しております。
ご利用の際は、Honya Club.com の【利用規約】や【ご利用ガイド】( ともに外部リンク・新しいウインドウで表示 ) を必ずご一読ください。
  • ※ 無断転用を禁じます。
  • ※ 画像の無断転用を禁じます。 画像の著作権は所蔵者・提供者あるいは撮影者にあります。
ページの先頭に戻る

Copyright © Yurindo All rights reserved.