Web版 有鄰

499平成21年6月10日発行

青木淳悟と『このあいだ東京でね』 – 人と作品

都市にまつわる言葉を積み重ねて街の姿を描く

aokisan
青木淳悟

多様なスタイルの8編を収載

都市にまつわる小説、8編を収めている。

「2007年刊行の『いい子は家で』で郊外を書いて、次に何を書くか、雰囲気を変えていこうと、郊外の反対としての東京、都市についての小説を意識的に書きました」

表題作は、都内に家を持とうとする人々のことを書いている。〈いま払っている家賃がもったいないし、財形や頭金目的でコツコツ貯蓄に励んでいるうちに物件価格や消費税率が上昇したらその分相殺されてしまうし〉……。そんな不特定多数の人々の尽きない悩み、銀行の「ご融資」専用のコーナーや〈さらに端のほうに特別に曇りガラスで仕切られたカード関係の相談ブース〉などは、今、東京という街に厳然としてあるものだ。とはいえ、これらの現象に「主人公」はいない――。

「住宅購入を考える人たちが集まるネット掲示板があって、読み込んでいき、小説にしようと思ったのが表題作を書くきっかけでした。思わず時間をかけて読んでしまうほど、色々なドラマがありましたが、それを小説にしたのではないですね。ある個人の住宅購入記のようなものではなく、家を買おうと考えている人々と、現象について、定点カメラで映し出されたものを書く、それが小説になるか?という試みでした」

「TOKYO SMART DRIVER」で重要な意味を持つのは、人物の会話ではなくカーナビの音声、「止まれ」「最高速度」といった道路標識の「言葉」だ。およそ10年前、1999年9月の新聞を精読して書かれた「ワンス・アポン・ア・タイム」では、多数の読者のために客観的に編まれたはずの新聞記事が、どこかの家庭で、ある人に、何かしらの感慨をもって、恣意的に読まれていく。

「最初は偶然、1999年の新聞を手にとっただけなんですけれど、昔でもなく最近でもない”10年前”というのに、味わいみたいなものが感じられたんですね。ちょうど自分が20歳前後のときで、大学で過ごしていたときの社会的な出来事がなんか懐かしくなってコラージュしてみた。僕としては30代になるにあたって書いた小説です」

ほかに、身辺を素材にした「夜の目撃談」「日付の数だけ言葉が」、さる個人住宅を訪ねて書いた「東京か、埼玉」など。帯では、〈マンションの募集広告、江戸時代の旧町名、道路標識と交通法規、猫たちの生態、そして大手検索サイトの「ストリートビュー」機能まで。都市にまつわる無数のことばの積み重ねから、懐かしく驚きに満ちた街の姿が立ちのぼる〉――と紹介されているが、多様なスタイルの8編がまとまると、本全体として、どこにでもあるような風景の連続が読める、そんな構成になっている。

小説を書き始めたのは大学に入ってから

1979年、埼玉県生まれ。早稲田大学文学部在学中の2003年、「四十日と四十夜のメルヘン」で、第35回新潮新人賞を受賞。2004年発表の第2作「クレーターのほとりで」が三島由紀夫賞の候補になり、初の小説集『四十日と四十夜のメルヘン』で野間文芸新人賞。小説を書き始めたのは、大学に入ってからという。「初めてちゃんと書けた小説でデビューして、次を書かないとそれで終わりだよ、という雰囲気があって、2作目はデビュー作とまったく違うものを書きました」

一文を書き、それに続く次の文を書いて、先が見えないままに小説を書いていく。「設計図みたいなものはなく、これは小説にならないだろうなという時期がずっと続いて、折り返し点を過ぎたあたりでいけるんじゃないかと手応えが出てくる。チラシや新聞記事など小説のディテールが細かいのは、”神は細部に宿る”じゃないですが、ディテールやそこにある現象を抽象化、漂白させて、どこにでもあるものを小説にしたい感覚から。どのように書くかを常に考えて、作品ごとに試みを変え、自分がそのときに考えた小説を形にしたい。文体にこだわらず、”引用”の創作スタイルも選ぶ。自分の中を掘り下げるのではなく、外を探して拾ってくる、外に向かって、という感じです」

日本の近代文学、海外の名作を読んできた。好きな作家として深沢七郎を挙げる。

「大学に入って深沢七郎を読んで、もの凄い衝撃を受けました。深沢七郎のような型破りな小説が、国語の教科書に載っていればいいのにと思いますね。次は長編に挑戦しようと、今年中にもう1冊出すつもりで、書いています。まだまだですが、もう少しで形が見えてくるかなと……」

(青木千恵)

『このあいだ東京でね』・表紙

このあいだ東京でね
青木淳悟/新潮社/1,600円+税

※「有鄰」499号本紙では5ページに掲載されています。

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