Web版 有鄰

499平成21年6月10日発行

有鄰らいぶらりい

闇の華たち』 乙川優三郎:著/文藝春秋:刊/1,400円+税

『闇の華たち』・表紙

『闇の華たち』
文藝春秋:刊

封建の世に生きる、いずれも軽輩の武士や浪人学者、蘭方医師などと、そうした男たちに翻弄される女たちを描いた時代小説短編集。

「花映る」は、酒の上の戯れで上士に斬られた友人のあだ討ちをする羽目になった男の屈折した心と、上士の死を知って見違えるように明るく変貌した友人の妻を描く。

「花の季節になると風の匂う道が、城下の町外れにいくつかあった」といった書き出しが、物語に品のある艶をかもしだしている。

「雷鳴とともに雨が激しくなって、やがて庭先を流れる水音が聞こえてきた」とはじまる「男の縁」は、江戸・浅草に寓居していた心学の浪人学者が、領地は雪国にある5万石の藩主から家臣譜の執筆を依頼される話。

「官録に頼らず、あるがままの事実の記録に努めてほしい」と言われ、家臣1,650人の由緒書の提出を求めることから始まった仕事は困難を極める。ようやく目途がつきはじめた頃、由緒書に補筆したいと言ってきた弓の師範が起こした事件に遭遇する。

情事と喧嘩に憂き身をやつし、悪名を馳せている幼馴染の武士を、離婚して茶屋で働いている武家の娘の目から描いた「悪名」には、意外などんでん返しが待っている。

桜田門外の変を幕府側の佐倉藩隠密の目から描いた「面影」など全6編。

文豪おもしろ豆事典』 塩澤実信:著/北辰堂出版:刊/1,400円+税

「大文豪」「小文豪」「文豪候補」に分け、254人もの作家の話題を取り上げている。たとえば大文豪では、文藝春秋の創立者、菊池寛を上げ、その小説の文体を、松本清張が自分の書く小説の手本とした、という。

菊池は芥川龍之介が自殺したとき友人代表として弔辞を読んでいるが、芥川の遺児である長男、比呂志(俳優、演出家)や三男、也寸志(作曲家)の名付け親でもあった。

清張が大文豪なのに対し、坂口安吾、尾崎士郎、宇能千代、遠藤周作、開高健らが「小文豪」に入っているのには少々首をひねるが、それはともかく、坂口安吾を担当したことのある、のちの文藝春秋社長、池島信平はその経験から「文士きちがい説」を持っていたという。戦後の安吾は太宰と並ぶ流行作家だったのに、池島が訪ねると、家具もないガランとした部屋で夏など裸で原稿を書いていた。

税金も払わず、税務署と闘ったが、執達吏が差し押さえに乗り込んでもちゃぶ台と食事道具とバット1本しかなかったという。菊池寛が芥川賞とともに作った直木賞で知られる直木三十五が、『文藝春秋』に「文壇諸家価値調査票」を書いて問題を起こしたという話もおもしろい。たとえば「腕力」では今東光が100点、芥川が0点、「風采」では菊池寛が36点、久保田万太郎が21点だった。

モルグ街の殺人・黄金虫』 E・A・ポー:著/新潮文庫/520円+税

ポーの生誕200年を記念し新訳による全6編を収録している。戦前は探偵小説といわれた推理小説を、日本に根付かせた江戸川乱歩の筆名が、世界初の推理小説といわれる『モルグ街の殺人』を書いたエドガー・アラン・ポーをもじったことは有名である。(『モルグ街—』が書かれたのは1841年、乱歩のデビュー作『二銭銅貨』は1923年)。

『モルグ街—』は、密室で母娘が惨殺され娘は暖炉の狭い煙突に押し込められていた怪奇事件に手を焼いていたパリ警察を尻目に、名探偵デュパンが見事な推理で解決する話。その後、本格推理では定番となる密室ものであり、デュパンは、もちろんシャーロック・ホームズやエルキュール・ポアロ、日本では明智小五郎、金田一耕助などとつづく世界初の名探偵である。

面白いというか、理屈が嫌いな人には逆に面白くないかもしれないのは、物語のはじまる、つまり殺人事件やデュパンが登場する前に数頁に及ぶ序文、洞察力と集中力の違いなどを論じた分析力についての「理論的前提」が置かれていること。表題になっている『黒猫』は暗号解読が出てくるが、いかに奇想天外にみえる事件の結末も、論理的帰結であることを教えてくれる小説でもある。

ボブさんの誰にも書けないベースボール事件簿
R・ホワイティング:著/角川文庫/667円+税

野球を通じた日米文化比較論であり、日本に来た助っ人外国人のバイブルだった『菊とバット』や、その逆バージョン『サクラと星条旗』(いずれも早川書房)などの著者の最新作。夕刊フジ連載を中心に、未発表原稿も収めている。

表題どおり、日本のスポーツ紙には出ない種類の話が多い。前書きでは、世界に起こった大きな変革として、アメリカ初の黒人大統領オバマと並んで、米国民の日本人メジャーリーガーに対する態度の変化を上げている。

かつて日本に来た助っ人外国人たちは、高い給料を貰う「ダメガイジン」というレッテルを貼られたが、いまは、「頼りないDice-K(大輔)」であり「わがままイチロー」だというのである。

ある米紙の記者は「松坂の試合結果は常に冒険に満ちていて、心臓によくない。彼は18勝したが、それは幸運と味方打線の援護と、自然の気まぐれとミステリーじみた力と幸運が重なったものだった」と書き、あるボストンのファンは疲れ果てた表情で「ダイスケのピッチングを見たあとは酒を飲まずにいられなくなる」と言ったという。著者自身は松坂にもイチローにも好意的だが、そうしたバッシングがあるのも確からしい。別の記者による日本人選手のベスト5とワースト5の評価など興味深い記事が満載されている。

(K・K)

※「有鄰」499号本紙では5ページに掲載されています。

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