Web版 有鄰

494平成21年1月1日発行

恒川光太郎と『草祭』 – 人と作品

架空の町「美奥」で起きる不思議な死と再生を描く

tsunekawasan
恒川光太郎

5つの物語を編んだ連作短編集

『草祭』は、「美奥[びおく]」という架空の町をめぐる、5つの物語を編んだ連作短編集である。

「初めて連作短編を書くことになり、町をテーマにしたらアイデアの縛りが少なく連作しやすいかなとはじめました。町の名である『美奥』はちょっと路地の奥に入ったら、きれいな場所がありました……というイメージです。5つの物語ごとに主人公が変わります。時代も年齢も社会的な立ち位置も違う人たちが、それぞれの視点で町のあちこちにスポットライトを当てて、漠然と何かが浮かび上がるようなものを目指しました」

〈美しい山奥〉の地は、今はごく普通の田舎町。だが、日本の各地に河童や座敷童子、隠れ世といった不思議な話があるように、美奥にも“のらぬら”や“けものはら”の伝承など、さまざまな言い伝えがあり、今も不思議な出来事が起きている。

中学3年生の雄也は、団地近くを流れる水路の先にある“隠れ野原”に行き、失踪した友人に会う(「けものはら」)。尾根崎地区の古い家々の瓦屋根の上には、“屋根猩猩[やねしょうじょう]”と呼ばれる災厄よけが置かれ、賑やかでいたずら好きな“屋根神さん”が出没する(「屋根猩猩」)。不可思議だが、関わる人々の悲喜こもごもを包み込み、朽ちさせていく町の物語に、じんわりと胸打たれる。

「散歩しているときに目に入る風景、子供の頃の体験が物語の素になっています。今回はあまり突拍子のない世界にならないように、日常から距離が離れすぎないようにと気をつけました。1、2、4編目は中高生が主人公の学園もの、3編目は遠い昔の物語、5編目は町の外側にいる人たちの話です。どの主人公もどこかひねくれて、それなりに鬱屈したものを抱えています。不思議ちゃんに、ひねくれちゃん、野生児くんに、超自然おじさんなどいろいろ出てきます。5編は緩く繋がっていて、読み進むごとに少しずつ町の秘密が解説されていく構造になっています」

あらゆる苦しみを忘れられる麻薬的なボードゲームに、永遠の中年おじさんと熱中する少女。生き物を他の生き物に変える、禁断の神薬の調合に手を染める山奥から来た少年。怒り、悲しみ、喜び、ぬぐい切れない過去。キャラクターの心理が描き込まれて、不思議な物語がリアルに感じられる。

「小説ならではの、尖った部分――生々しい台詞ですとか新味を出そうとする実験性ですとか――人によっては歪と感じてしまう部分があると思うのですが、私はそうしたものを大切にしていきたいです。どの小説も、頭に思い浮かんだことをランダムに書いていき、改稿に改稿を重ねてやっと完成品に近付いていくという書き方です。なかなか納得がいかないので、締め切りがなければ、いつまでも直していると思います」

デビュー作で直木賞候補になり注目される

1973年、東京都生まれ。2005年、「夜市」で日本ホラー小説大賞を受賞。受賞第一作の「風の古道」と共に単行本化された『夜市』が、デビュー作で直木賞候補になり、注目される。他の著作に『雷の季節の終わりに』『秋の牢獄』があり、幻想性を湛えた独特の作風は、“恒川ワールド”と称されている。現在、沖縄在住。

「寒い冬を乗り越えようと沖縄に行くと、海がきれいなところで気に入ってしまいました。仕事を見つけて、そのまま居ついてしまった。沖縄は、まだ闇がたくさんあるし、真夜中に白装束の不思議な一群と通りすがったり、民俗的な奥行きが深く、面白いですよ」

大学在学中に小説を書き始めたが、なかなか形にならなかった。仕事をしながら約10年ぶりに書き、仕上げた作品が「夜市」。妖怪たちが開く不思議な市場の物語だ。「風の古道」は、幼少時代に迷子になった体験から書いた。迷うことがなければ見られない異世界が、日常生活の傍らに、確かに存在している。小説という迷宮に分け入って、恒川さんが描き出す物語は、通常では見られない光景と、人々の心の動きを伝えて、読者を魅了する。今後は幻想小説を基本に、作風を広げていきたいという。

「子供の頃は、水木しげるさんや、児童文学の佐藤さとるさんの作品、舟崎克彦『ぽっぺん先生シリーズ』といった本が好きでした。不思議な世界が好きで好きで仕方がなかった人間が、自分も書いてみたいと書き始めた。読んできた本のすべてに影響を受けていると思います」

(青木千恵)

『草祭』・表紙

草祭
恒川光太郎/新潮社/1,500円+税

※「有鄰」494号本紙では5ページに掲載されています。

『書名』や表紙画像は、日本出版販売 ( 株 ) の運営する「Honya Club.com」にリンクしております。
「Honya Club 有隣堂」での会員登録等につきましては、当社ではなく日本出版販売 ( 株 ) が管理しております。
ご利用の際は、Honya Club.com の【利用規約】や【ご利用ガイド】( ともに外部リンク・新しいウインドウで表示 ) を必ずご一読ください。
  • ※ 無断転用を禁じます。
  • ※ 画像の無断転用を禁じます。 画像の著作権は所蔵者・提供者あるいは撮影者にあります。
ページの先頭に戻る

Copyright © Yurindo All rights reserved.