Web版 有鄰

494平成21年1月1日発行

有鄰らいぶらりい

パートナーズ
安西水丸・和田誠:著/文藝春秋:刊/3,619円+税

一つのケースに『ことわざバトル』と『ライバルともだち』の2冊の本が入っている。

当代きってのイラストレーター2人が、絵と文でがっぷり組み合っている。たとえば『ライバルともだち』のトップは「シャーロック・ホームズ×怪盗ルパン』。ホームズを和田、ルパンを水丸が担当。

ルパン「泥棒、泥棒って、人聞きの悪い。何度も言うけど、私には哲学がある。盗みの美学ってのがあるんですよ」。

ホームズ「ほほう。哲学とか美学とか、偉そうな言葉を持ち出したな。そういうものならこちらが一枚上だと思うがね。謎解きの美学というやつさ。これには観察力、想像力、分析力、いろいろな能力を動員しなきゃならん」

といった具合に、以下、ドン・キホーテ×風車、鞍馬天狗×杉作、明智小五郎×怪人二十面相など21組のライバルやともだちが丁々発止のバトルを繰り広げる。

『ことわざバトル』の方は2007年、東京・青山のギャラリーで開いた2人展のテーマで、このときは諺を選び出し、1枚の紙に2人で絵を描いた、という。本では22の諺について2人が交互に軽妙な文をつけている。

たとえば「目病み女に風邪引き男」の絵は、女が水丸、男が和田。「まるで短編小説のようなマイナスの美を唱えた名諺」と感心した文章は和田が書いている。

人間の覚悟
五木寛之:著/新潮新書:刊/680円+税

敗戦の年、平壌にいた著者は、ソ連軍が侵攻してきた北朝鮮から30人ぐらいずつの集団で命がけの脱出をする。

途中でソ連兵に捕まると必ず「女を出せ」と言う。そういう時、みんなの視線が集まるのは水商売をしていた女性や未亡人。みんなで頭を下げてソ連軍に渡す。翌朝、ボロボロになって帰ってきた女性に感謝するどころか、子供を遠ざける人もいたという。

普仏戦争のとき、戦火を逃れようと1台の馬車に乗り合わせた乗客の中にいた娼婦をプロシア兵が要求するモーパッサンの小説『脂肪の塊』より悲惨な話で、まさに“事実は小説より奇”である。

当時、「治安は維持されるので日本人市民はそのまま現地にとどまるように」というラジオ放送を信じて、ひどい目にあった著者は、国家は国家のために存在しているので、国民のために存在しているとは思わない、という。

「国を愛し、国に保護されてはいるが、最後まで国が国民を守ってくれる、などと思ってはいけない。国に頼らない、という覚悟を決める必要がある」。最後のところで国は私たちを守ってはくれない、と諦めることが覚悟の一つ。「諦める」とは、投げ出すことではなく、「明らかに究める」ことであり、「地獄」に近づいているようないまの現実をはっきりと見すえる、ことだというのである。

杉浦日向子の江戸塾 特別編
杉浦日向子:著/PHP研究所:刊/1,500円+税

『杉浦日向子の江戸塾 特別編』

『杉浦日向子の江戸塾 特別編』
PHP研究所:刊

先年、46歳の若さで亡くなった著者が残した単行本未収録の対談集。奥本大三郎氏と「酒」、泉麻人氏と「粋とオシャレ」、高橋克彦氏と「浮世絵」と、9人の識者と江戸についての薀蓄を披露している。

たとえば、田辺聖子氏との対談。江戸っ子は金銭に淡白という意味で使われることの多い“宵越しの銭は持たない”は「正確にいうと持てないんですね。粘り強くなく、飽きっぽい性格で、仕事が嫌いな人ばかり」(杉浦)。

田辺氏は江戸資料館で貰ったパンフレットの話をする。「大工の手間賃が1日五百文とか書いてある。家賃が、月三百文。1日の稼ぎの中で、家賃が1月分払えるという、実に泰平の世ですね」「月のうち、7日とか10日働けば、充分一家4、5人養えるんです」。

「江戸の人は遊びに手間をかけましたね」という田中優子氏に「面白がって手間をかけます。便利とかでなく、面白いのが一番の価値観。双六なんかもそうで、上がりに早く達することが目的じゃなくて、道中をウロウロ楽しむようにできている。プロセスを重んじたのが特徴的。いまは起点と終点をいかに短時間にアクセスさせるかばっかりで、貧しい、貧乏臭い時間の使い方をしていると思います」。

林真理子氏は、三行半を突きつけるのは女房の方と聞いて驚いているが、目からウロコの話が多い。

幕末裏返史
清水義範:著/集英社:刊/1,700円+税

幕末を取り上げたパスティーシュ(模倣、借用、混成)作品。文庫本になっている昔の名作『永遠のジャック&ベティ』は、中学の同級生が30数年ぶりに再会。「あなたはジャックですか」「はい、私はジャックです」「私はいくらかの昔の思い出を思い出します」「1杯のコーヒーか、または1杯のお茶を飲みましょう」と教科書の直訳的会話で大いに笑えた。しかしこれはアイデアで読ませる短編で、誰もが大筋を知っている幕末を描く長編となるとそうはいかない。

日本びいきのフランス人、アナトール・シオンが、アメリカ旅行中、ジョン万次郎に会ったり、日本にやってきて幕府の知恵袋となるという設定はもちろんフィクション。

他には坂本竜馬をはじめ、西郷隆盛、勝海舟、井伊直弼など幕末維新の立役者たちが総登場、シオン以外は、教科書などで知っている大筋通りの活躍をする。しかし長州藩の桂小五郎(木戸孝允)が京で目明しに捕まりそうになったとき、シオン扮する黒頭巾の男が出てきて助けるのがオカシイ。言わずと知れた大佛次郎描く鞍馬天狗である。

他のフィクションは、安政7年の遣米使節団の中に、安政の大獄で刑死したはずの吉田松陰が入っているぐらいかと思っていたら、とんでもないどんでん返しが待っている。

(K・K)

※「有鄰」494号本紙では5ページに掲載されています。

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