湊かなえ
〈愛美は事故で死んだのではありません。このクラスの生徒に殺されたのです〉。終業式の日、S中学1年B組の担任教師、森口悠子は、辞職の理由を語り始めた――。長編小説『告白』は、小説推理新人賞を受けた「聖職者」を第1章とし、6章までを加筆して生まれた作品である。08年8月に刊行され、3か月で12万部を突破している。
「予想外に多くの人の手にとっていただき、驚いて、とにかく嬉しいです。1冊の本が、誰かに何かを考えてもらえるきっかけになるなんて、凄いことだと思います」
ある事情でシングルマザーになった悠子先生は、4歳の愛娘を学校のプールで亡くしてしまう。犯人への復讐が行われる第1章から、章ごとに語りと視点の主が切り替わる独特の叙述で、女児殺しの周りの諸相が語られていく。
「第1章となった受賞作を書く段階で、登場人物について家族関係まで詳細に構想していました。双葉社の編集者の人に、“犯人の子って、どんな親に育てられてああなったの?”など、いろいろと訊かれて、読者だったら次に何を知りたいだろうと、続きの章を書いていきました」
悪いことをした自分の子供を棚にあげ、学校を糾弾する保護者、感情を爆発させて虐待した後、「ごめんね」と泣きながら子供の頭をなでる母親――。矛盾に満ちた人間模様や社会批評眼が盛り込まれ、その鋭さに驚きつつ、物語にぐいぐい引き込まれる。
「先生の気持ちになりきって第1章を書き終えたときは爽快でしたが、ものの見方は一つではなく、別の立場に立てば見えるものも、感じることも違ってくる。犯人の立場なら、悪事の理由をいろいろ言うでしょうが、どれだけ言い訳しても、悪いことをしたらその人が悪いと思います。違うんじゃないの? と思うことがあり、さまざまな問いをどう形にしようかと、物語と結末を考えていきました」
虚構の世界に引き込まれた末、衝撃の結末が訪れる。
「終わり方にすっきりした人にも、後味が悪かった人にも、何か考えてもらう余韻を残すには、書く方はためらってはだめなのかなと、フィクションでしかできない結末にしました。人間関係は、バランスや距離のとり方が大事で、暴走する人、我慢する人に二分化されると大変なことになる。バランスよく関係を築ければいいけれど、なかなか難しいことですよね。自分は違う、大丈夫、ということはなく、誰もが当事者になり得る予備軍だと思います」
1973年広島県生まれ。武庫川女子大学卒。05年、BS-i新人脚本賞で佳作入選。07年、創作ラジオドラマ大賞受賞。同年、「聖職者」で小説推理新人賞を受賞し、本作がデビュー作となる。新人賞受賞が決まった日は、「何か書いてみよう」と思った日から、ちょうど3年目だったという。
「30歳を過ぎて時間に余裕ができ、形に残ることに挑戦してみようと思いました。子供の頃から空想が好きで、歴史の時間に年表を開けば、その時代の人の気持ちになっていました。頭の中に映像が浮かぶので、まず脚本を書き、初めてミステリーに挑戦した作品が『聖職者』です」
ずっと本が好きで、中学で赤川次郎、高校でアガサ・クリスティ、大学進学後は、東野圭吾、宮部みゆき、綾辻行人、有栖川有栖……と、ミステリーに耽溺した。
「ミステリーは、はっきりと結末があり、そこに至るまでの謎解きや心理の発見が楽しくて、大好きでした。現実では遭遇したくない、本の中でしか経験できない世界に入り込め、空想が広がる。フィクションを書く方向に向かったのは、違う人になりたい気持ちがあったからだと思います。私は普通の人だし、私のことを知りたい人はそんなにいないと思う。フィクションなら、日常で起こり得ないことも無制限に考えられる」
09年は、早川書房、東京創元社から長編の刊行が決まっている。双葉社からも長編が刊行予定である。
「まだ模索中で、少しずつスタイルを築けていければいいですね。自分の中に幻想を持っている人が、現実に直面する話を書いていきたい。誰もがファンタジーを持っていると思いますが、ファンタジーと現実との距離感を上手に書いていけたらいいなと思います。書いていて、人物が動いてくれないときは苦しいですが、突破口が見つかれば一気に書き進みます。そんなときは、“もう寝たくない”というくらい夢中です」
(青木千恵)
※「有鄰」493号本紙では5ページに掲載されています。