Web版 有鄰

493平成20年12月10日発行

有鄰らいぶらりい

日本語は死にかかっている』 林 望:著/NTT出版:刊/1,500円+税

『日本語は死にかかっている』・表紙

『日本語は死にかかっている』
NTT出版:刊

昔、テレビを批判して「1億総白痴化」と言ったのは、大宅壮一だが、著者は、当時はまだましだったと言っている。著者が「憂慮すべき状態」と言っているのは、いまのテレビが「非常に次元の低いポピュリズム(大衆迎合主義)で統一されていること」。

「ちょっとでも文学的なこと、哲学的なことを言うと、たちまち大衆は離れてしまうだろうというふうな見くびった考え方」「とにかく低次元なことをひたすら解りやすく言っていればそれでよい」といった傲慢な価値観がNHKをはじめ、全放送局を覆いつくしており、とくに民放テレビはひどいというのである。

一方でテレビは、明治政府以来の日本の政府が100年かかってもできなかった言語の統一をたかだか、ここ3、40年でなしとげている。いま、どんな田舎へ行っても、よほどの年寄りをのぞいては、ちゃんと標準語をしゃべるが、テレビが普及していなかった数十年前には学校でいくら教えてもだめだったのだ。

言葉は場所や男女の別、年齢や職業、さらに時代によっても異なるから、一つの「良いことば」という鋳型があるわけではない。方言には方言の良さがあるのだが、それを一つの方向に収束させたテレビという恐るべき媒体が、低俗に流れ、醜い日本語を撒き散らしていることなどを嘆いている。

からゆきさん物語』 宮崎康平:著/不知火書房:刊/2,500円+税

吉永小百合、竹中直人主演で映画にもなった『まぼろしの邪馬台国』の原作者が遺した未発表の作品。「からゆき」は「唐行き」。唐はかならずしも当時の中国だけでなく、外国全体をも指した。

明治の末、長崎・島原の料亭の下女だった16歳の主人公が、女衒にだまされ、当時英国領だったシンガポールで娼婦になり、以後、想像を絶する波乱万丈の人生を送る物語である。

“想像を絶する”も“波乱万丈”も手垢のついた慣用句だが、実際のからゆきさんから取材したドキュメンタリーともノンフィクション・ノベルともいえるこの実録作品の形容には、決してオーバーな表現ではない。

最初は長崎、次いで上海とごまかされた行く先。天草の娘たちを加え30人が、外国船による密航のため、石炭の積まれた外国船の船倉に詰め込まれる。大小便も垂れ流しの船底で行われるセックス。

悪臭を発するようになった飲料水の蛇口から、血や膿、果ては髪の毛や肉片が出てきて、予備水槽に入れられた天草の娘たち23人と誘拐者3人の死が発覚する。

英国人に引かされて結婚してからの行動など、まさに小説より奇なる迫力があり、壮士風にふるまう女衒にもリアリティがある。

禁煙バトルロワイヤル
太田 光・奥仲哲弥:著/集英社新書:刊/680円+税

高校生のときから約25年間のヘビースモーカーという「爆笑問題」の太田と、禁煙クリニックも開いているという国際医療福祉大学教授の奥仲医師。

「不具合、マイナス要因があるからこそ、タバコって魅力的なんだと思う」という太田と「タバコを吸ってリラックスすると感じるのは、じつはまやかしです」という奥医師の“対決”は、しかし正面からの喧嘩にはならない。

たとえば、タバコのパッケージに義務付けられている警告表示について、「なんでタバコだけがこんなにエキセントリックなことになっているんだろうと思う」というのは奥仲医師。アメリカの死因の第一はガンではなくて高コレステロールによる心筋梗塞だから、それならハンバーガーに「これを食べるとメタボになる」という警告文を貼ってもいいという。

これに対し「僕としては、タバコばかりいじめられてという感覚はない。タバコはもともと悪者だと思っているんで」というのが太田。

さらに「俺の存在自体が悪だろう」と思うし、「タバコが悪だというけど、僕は人間の存在自体が毒だろうと思ってますから」と「人間は破壊しないでは生きていけない。つまり、地球にとって人間は毒」と、文明論に及ぶ。紋切り型でない喫煙論争が興味深い。

江戸の備忘録』 磯田道史:著/朝日新聞出版:刊/1,300円+税

「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」「鳴かぬなら鳴かしてみしょうホトトギス」「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」。

多分、後世の作だろうが、上から順に、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の作と伝えられている有名な短歌である。

著者は、3人の性格をもっと具体的に語っている。信長と親しかった細川幽斎によると、信長は猜疑心が強く、一度敵対したものは、許そうとせず憎んだ。そのため一度でも信長の不興をかった家臣は殺されると思い込み次々と背き、殺されることになった。

秀吉はこの信長を反面教師にし、敵を許すと気前よく大国を与えて臣下に加え天下を獲った。しかし信用のし過ぎで家康に天下を奪われた。

家康は信長以上の合理主義者で「大将のつとめは、逃げること」剣の修行はいらぬ、と言った。逃げるための競馬と水泳に熱心で子供みんなに泳ぎを学ばせた。

寺子屋などの普及によって江戸時代の識字率は、当時の西欧社会に比べても高い水準だったと、よく言われるが果たしてどうか。長野県常盤村(現・大町市常盤)で明治14年、男士882人を調べたところ、「数字も名前も書けない」35%。「それぐらいは書ける」41%だったという。

江戸時代のいわばゴシップ録だが、ちゃんと裏づけがあるだけに安心して読める。

(K・K)

※「有鄰」493号本紙では5ページに掲載されています。

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