Web版 有鄰

490平成20年9月10日発行

有鄰らいぶらりい

昭和二十年の「文藝春秋」
文春新書編集部:編・著/文藝春秋:刊/950円+税

多くの雑誌が休刊や廃刊に追い込まれていた敗戦のこの年、月刊雑誌「文藝春秋」は細々ながら刊行されていた。

ただし毎月ではない。敗戦前が新年(1月)号〜3月号の3冊。敗戦後が10月〜12月号の3冊。間の4月〜9月号までは、印刷所戦災のため発行できなかったという。8月15日の敗戦を境に原稿や記事がどう変わったのか、あるいは変わらなかったのか。

敗戦前で興味深いのは、3月号に発表されている第20回芥川賞。清水基吉『雁立』という受賞作の書き出しの部分は、主人公が日本からの手紙を中国大陸の戦線で受け取るということになっている。

しかし内容は、恋心を持ちながら打ち明けられない主人公の気持ちを綿々とつづった純愛小説である。7人の選考委員も「素直に美しい作品」(佐藤春夫)、「清風の楽しさ」(川端康成)など、戦争などどこ吹く風といった作品論議に徹しており、他の原稿に戦時色が強いだけに目立つ。

敗戦後では10月号で物理学者の中谷宇吉郎が「原子爆弾雑話」というエッセイで「今回の原子爆弾は原子火薬を使うものとしては火縄銃程度」であり、「間もなく色々な型」が出来、「長距離ロケット砲と組み合わされて、地球上を縦横にとび廻る日の人類最後の姿」を予測している。

12月号では、一夜にして思想を変えた便乗主義者をたしなめる長谷川如是閑の「敗けに乗じる」というエッセイが秀逸である。

出ふるさと記』 池内紀:著/新潮社:刊/1,600円+税

『出ふるさと記』・表紙

『出ふるさと記』
新潮社:刊

表題は旧約聖書の「出エジプト記」のもじりだろう。

モーセに率いられてエジプトを脱出したイスラエル民族が、さすらいの旅を続けたように、ふるさとを出て破天荒な人生を歩いた12人の作家を取り上げている。

福井県三国町の色街に私生児として生まれ、母ともども故郷を捨てた高見順。高見の父は当時、福井県知事だった阪本釤之助[さんのすけ]。明治40年(1907年)生まれの高見を父が認知したのは昭和5年(1930年)という。釤之助の実兄、永井久一郎はやはりこの本に登場する永井荷風の父というからいささか因縁めく。その荷風は近代文明を拒否、浅草で孤独死した。

『楢山節考』で作家になったが、その後の『風流夢譚』が事件を起こし、放浪生活に入った深沢七郎。日劇ミュージック・ホールの演出家だった丸尾長顕が、ギター弾きだった深沢の『楢山節考』の原稿を見て仰天し、中央公論社の新人賞に応募するよう説得したのがきっかけ。入選したとき本人は、郵便局の窓口のような、雑誌社の受付へ行って賞金を貰って帰るだけと思っていたらしい。

徴兵されるよりは馬賊になりたいと当時の満州に渡り、敗戦で引揚者となった安部公房。そのほか、「逃走」坂口安吾、「彷徨」尾崎翠、「家出」寺山修司など、「出ふるさと」と文学との微妙な接点を鋭く探っている。

赤めだか』 立川談春:著/扶桑社:刊/1,333円+税

「本当は競艇選手になりたかった」著者が、中学卒業間近に上野鈴本で落語を聴き、立川談志の毒舌の面白さに驚き、高校卒業間際にその弟子になり、前座から二つ目、真打になるまでの苦心談。

「高校だけは出ておけ」と中退を許さない父親と絶縁、内弟子は取らないという談志に「新聞配達します」と、その場で新聞店に電話する。「弟子にしてやる。よし、いい了見だ。(中略)17で家を出て新聞配達をしながら修業したなんて、売れたあとで自慢になるぞ。黒柳徹子が涙ぐんで、御苦労なさったのねェ、なんてお前に聞くぞ」という談志。

談春本人もさることながら弟子になってからは、すべて談志[イエモト]とルビをふっている談志の独特の言動が実におもしろい。ここでもなぜ黒柳徹子が出てくるのか、分らないが、いかにもという感じでおかしい。しかし圧巻は自分が真打ちになる過程をドキュメントでみせようと考え出した「立川談春真打ちトライアル」。

なんと談春は、談志が大喧嘩をして飛び出した落語協会の会長で談志自身の師匠でもあった人間国宝の五代目柳家小さんをゲストに呼んで挨拶させるのである。

資源クライシス』 加藤尚武:著/丸善:刊/1,600円+税

石油と金属と穀物。直接には関係なさそうなこれらの価格が、一方的に値上がりし続けるという現象が、06年前後から起こっている。貴金属の価格が2倍になっても、これまで餓死する人はいなかった。しかし現代では貴金属と穀物の値上がりが連動する。

「たとえば菜種油でディーゼルエンジンを動かせば、白金が値上がりする」という。自動車の排気ガスから有害物質を除去するためには「白金触媒」が必要なのである。

欧州連合(EU)では、05年、菜種油の食用と燃料用がほぼ均衡した。「米国で年間にエタノールに回されるトウモロコシだけで、世界の1億人が食べるのに十分な量」(石弘之「食べるのか燃やすのか」)という引用のようにエネルギーと食糧問題の連動ははっきりしているという。

日本のエネルギー自給率は原子力を含めて17%、原子力なしでは4%。世界の常識は自給率50%であり、米国は73%、中国は94%という。しかし需要に合わせて供給を確保する国家レベルの考え方は、すべての資源が枯渇しつつある地球規模では供給に需要をあわせるより方法がない。

地球資源の有限性を正面から受け止め、未来世代からすべての生物種の生存可能性までを考えた倫理的、科学的な経済書だろう。

(K・K)

※「有鄰」490号本紙では5ページに掲載されています。

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