Web版 有鄰

490平成20年9月10日発行

新人著者花盛り 発掘の舞台裏―― – 特集2

土井英司

最近のベストセラーはコミュニティ内メジャーでニッチなもの

yumewokanaeru_homeless

左:田村裕『ホームレス中学生』
ワニブックス
右:水野敬也『夢をかなえるゾウ』
飛鳥新社

田村裕『ホームレス中学生』、水野敬也『夢をかなえるゾウ』、Jamais Jamais『B型自分の説明書』――。新人著者の本がベストセラーを賑わせている。出版界の人にとり、人気作家の本よりも知名度が高くない人の本が売れる現象は不可解かもしれないが、これにはふたつの理由がある。

まず、実はこの人たちはすでに著名人なのだ。ベストセラー、『鏡の法則』の著者、野口嘉則さんは、インターネットでは有名で、多くの読者を抱えていた。個人ブログに1日1万、10万アクセスもある”アルファブロガー”という人が存在しており、この人の本が出たら買う、という読者が潜在的にいる。出版で無名でも、膨大なアクセス数がある人は無名の新人とは言えないだろう。

もうひとつは、最近の売れる本が「コミュニティ内メジャー」であることだ。インターネットが登場して、音楽や車などの趣味、商品、サービス、芸能人などのトピックごとに無数のコミュニティができ、人が集まるようになった。昔は、マスメディアが取り上げることで情報が一気に広がったが、今はネットにコミュニティができ、そこでの情報伝達の方がずっと速い。

本やネットを通じて世界を広げたい、たとえば梅田望夫『ウェブ進化論』に共感した人が同好の士とコミュニティをつくり、迅速な情報伝達、口コミからベストセラーと売れる著者が生まれる。本だけではなく音楽業界を見ても、浜崎あゆみはすごく売れるが、年配の人は聴かないから、コミュニティ内メジャーといえる。だから、最近のベストセラーはコミュニティ単位のニーズに対応したニッチ(隙間)なものが目立つ。

9784286032023

Jamais Jamais
『B型自分の説明書』
文芸社

『B型自分の説明書』はコミュニティ意識を巧みにすくいあげたヒットだと思う。僕自身がB型だからわかるが、B型の人は自分のことが好きでも、決してメジャーではなく、逆に「B型」として周りから虐げられている。

世間的に保守本流ではない阪神タイガースや浦和レッズのような”存在感メジャー”であるところに、コミュニティ意識は高まる。今年2月に出た、中日ドラゴンズのマスコット「ドアラ」が語る『ドアラのひみつ(かくさしゃかいにまけないよ)』も、中日というコミュニティから発祥してメジャーになった流れだ。

同じ状況におかれた若い人たちから共感を呼ぶ

誰にでも広く読まれる従来型のベストセラーが生まれにくくなり、ニッチが受けるのは、家族や職場といった旧来の共同体が脆弱になり、ネットが登場した社会状況が影響している。小説をはじめとするエンターテインメントは競合が激しく、人気作家もフィルターが古くなれば、若い人は共感しなくなる。本は時代の動きを映すから、古きよき家族が中心だった時代とは、売れるものが当然変わってきている。

漫画を見ても、昔はひとりの主人公がいて、苦境に落ちても必ず勝つのが王道だったが、今は矢沢あい『NANA』などのように、群像劇が人気だ。絶対に負けない主人公は若い人にとって非現実的なものとしか見えない。

『「自分」から自由になる沈黙入門』・表紙

小池龍之介
『「自分」から自由になる沈黙入門』
幻冬舎

むしろ、『夢をかなえるゾウ』や『ホームレス中学生』のように、落ちこぼれたり、貧乏暮らしでも、ちゃんと夢はかなうことを示す脱力系の本や、小池龍之介『「自分」から自由になる沈黙入門』のように、読みづらい言葉でもピンと来る人にだけ響く本に”共感”が生まれる。ネットの掲示板「2ちゃんねる」が典型だが、コミュニティの中でしか使われない言葉があり、あえてその言葉で綴って売れることは、2004年刊のベストセラー、中野独人『電車男』が証明済みだ。

若い頃に恋愛や仕事で苦労するのは当然で、それでも夢を追うのは、現代の若い人たちが置かれている状況と同じだから共感を呼ぶ。

特にビジネス書の読者は、「メンター」(Mentor,よき助言者、指導者)を求めている。職場の先輩や上司、家庭の指導力が衰えて、たとえば経済評論家で公認会計士の勝間和代さんがワーキングマザーの指標になるように、若い世代は、仕事や人生の悩みを打ち明け、真剣に相談に乗ってくれる人を探している。

えらい人がものを語り、それを読むのがこれまでの本づくりだったが、著名度はもう関係ない。”共感”がキーワードで、もっと身近な場面でのカリスマ、この人なら自分のことを理解してくれると思える「メンター」が求められ、勝間和代さんや、サイバーエージェントの藤田晋さんなど、若い人に支持されている人が著書で紹介した古典が売れる。

今、新刊は年間8万点も出ていて、スーパーメジャーな著者だけでは点数がまかなえず”職人”の著者が増えている。メディアが多様になり、情報に精通した一般の人たちは、生半可な芸能人、アナウンサー、作家が語る普通の話には振り向かない。それ以上のことを話す”職人”でないと、本が受けない状況になっている。

『人生は勉強より「世渡り力」だ!』・表紙

岡野雅行
『人生は勉強より「世渡り力」だ!』
青春出版社

『人生は勉強より「世渡り力」だ!』の著者、岡野雅行さんは、社員6人の町工場のトップとして世界の大企業と渡り合ってきた職人で、職人の実績に、際立ったキャラクターが加わると、非常に面白い本になる好例だ。マスメディアも、「プロジェクトX」以来、「情熱大陸」「ガイアの夜明け」など、”現場”のドキュメンタリーが取り上げられるようになっている。

ベストセラーの鍵は「強み」と「キャラ」と「言葉力」

新人著者のベストセラーが次々と生まれる中で、本を出したい人は多い。誰もが成功できるかは難しいが「強み」を明確に持っていて、自分らしさとそれを表現できる言葉力、つまり、「強み」と「キャラ」と「言葉力」の3つがあれば行けると思う。

僕の会社では、『10年愛される「ベストセラー作家」養成コース』と、『最強の自分マーケティング』という講座を設けて、「強み」はあるが、自分の個性と表現法がまだ見えていない人の相談を受け、個人・企業の”ブランディング”を行っている。

『3000人のユダヤ人にYESと言わせた技術』・表紙

マーク富岡
『3000人のユダヤ人にYESと言わせた技術』
サンマーク出版

最近は、受講生で、世界76か国にビジネスを広げた海外交渉術の達人、マーク富岡さんが『3000人のユダヤ人にYESと言わせた技術』を出版したが、彼の専門分野である「交渉」自体はマーケットが狭くても、その個性からコミュニケーションについて知ることが多いから、面白い本になる。今はビジネス書といえど、著者のキャラ作りが必要だ。

一般の人はそうこまめに書店に足を運び、丁寧に本を探すわけではない。人目に触れず消えていく本はかなりあるから、8万点の新刊点数の中で目立たせて売るには「売る前から売れている」ことが大事だ。本が出る前に、著者のキャラクターをブランディングし、コンテンツの知名度を上げ、差別化して、この人の本が出たら買います、という流れを刊行前から作っておく必要がある。

これらの本がどうして売れるのか、出版業界で驚く人がいるが、著者や読者のニーズを調べて把握していれば理解できる。驚いている人は、情報収集を怠っているだけだと思う。これからのヒットは、コミュニティの中から生まれるから、コミュニティ内でのその人の影響力を正しく把握していないと、出版社も書店も売るチャンスを逸してしまう。

僕は、ネット書店の「アマゾン」でバイヤーをしていたとき、新聞書評で紹介されて本がどれだけ動いたか、誰のブログで何冊売れたか、データを分析していた。3万人のメルマガより50万人のメルマガが強いかというとそうではなく、3万人のメルマガの紹介のほうがはるかに本が売れることもある。最近は、書店が当社の「ビジネスブックマラソン」などの書評メディアをウォッチし、お客さんの動きを先読みして本をそろえるようになってきたが、店頭に現物がないケースはまだ多い。

また、僕はアマゾンにいた頃、「この商品を買った人はこんな商品も買っています」というデータも分析していた。徹底的に分析すると、買う人の姿が見えてくる。書店員がちゃんと本を読み、この本はこんな人に受けると分かっている書店は、自然、客層にフォーカスした品揃えと並べ方ができる。確かにジャンル分けは有効で、会計書を会計書のコーナーに置くのは当然だが、もっとそこに集まる「人間」で分けてもいい。

書店は”本のコンシェルジェ”であるべきで、街によって集まる客層と好みが違うはず。この人は次にこれも買うなと、お客さんの動向を先に読めるようになるのが、書店員の次のスキルだと思う。書店の面白さは、地域特性を反映できることで、ある地域の書店からどんな情報発信ができるか、書店がいろいろなことを仕掛けられる時代にもなっている。

“一隅を照らす”人の美学を世の中に伝えていきたい

『超地域密着マーケティングのススメ』・表紙

平岡智秀
『超地域密着マーケティングのススメ』
クロスメディア・パブリッシング

僕がビジネス書をメインに仕事をしているのは、最澄の”一隅を照らす”という言葉が好きで、この言葉が世の中の真実に近いと思うからだ。人間は結局、自分の適性や自分らしさでしか生きていけない。自分に向いていないことをして通用するほど、世の中は甘くない。誰もがスタープレーヤーになろうとしたら、社会がおかしくなるだろう。置かれた場所でベストを尽くして頑張っている人の生き方を知れば、若い人は励まされるだろう。”一隅を照らす”人の美学を、世の中に伝えていきたいと思っている。

昨年3月、当社の受講生の平岡智秀さんが『超地域密着マーケティングのススメ』という本を出し、手堅く重版し続けている。和歌山で水道工事店を営む平岡さんは、人口が少ない地域で販売活動を工夫して行い、関西一の水道工事店になった。人同士のやり取りは本来こういうことだと思わせる、感動的な話である。今、他人を応援できるのは、自分の場所を定めて頑張っている人間の、リアルなストーリーなんだと思う。

今は、一人の人間が、自分の強み、こだわりで本を書ける時代だ。自分の知恵を客観的に見て表せるかが問われるが、それは訓練すればできる。人間は、他人に対して必ず何かアドバンテージを持っているから、そのアドバンテージを面白く客観的に打ち出した本が、共感を得て、読まれるようになるだろう。

土井英司氏
土井英司(どい えいじ)

1974年秋田県生れ。出版マーケティングコンサルタント、ビジネス書評家、(有)エリエス・ブック・コンサルティング代表取締役。
著書『成功読書術』 ゴマブックス 1,500円+税、『「伝説の社員」になれ!』 草思社 1,200円+税

※「有鄰」490号本紙では4ページに掲載されています。

 

横浜開港150年・有隣堂創業100年
横浜を築いた建築家たち(3)

パーマー[Henry Spencer Palmer](1838‐1893)
――横浜の水道を創設した親日家の英国工兵将校

吉田鋼市

img_yoshidabashi

横浜桟橋全景(鉄桟橋)

横浜に日本最初の近代水道が引かれたのは明治20年10月のことで、わずか2年半の工期で近代都市に必須のインフラの一つが完成している。その設計から施工監督までをやりとげた英国陸軍工兵出身のエリート技術者がパーマーである。横浜のほかにも、大阪・函館・東京・神戸の水道を計画しているが、彼が施工にまで関わったのは横浜のみ。水道敷設だけでも大きな功績といえるが、現在の大桟橋のもととなる明治22年着工のいわゆる第1期の横浜築港工事の設計・計画も行い、さらには、横浜船渠の2つのドックの基本設計にも関わっており、横浜の「水と港の恩人」とされる。

陸軍士官学校出身の工兵将校で、一族には爵位をもつ人もいるお雇い外国人のなかでも有数の出自をもつ。父親の赴任地インドで生まれ、カナダ、シナイ半島、ニュージーランド、バルバドス島、香港と世界各地に赴いているが、軍人としての勤務というよりも冒険家の探検、学者の学術調査という感じがする。現に、彼は測量家でもあり天文学者でもあり、学術的な本も書いている。また、ジャーナリストとしても「タイムズ」をはじめ、各紙誌に活発に寄稿しており、その親日派の論稿は日本の条約改正に貢献したとされる。

しかし、やはり彼は大英帝国を背負っており、根底は、女王陛下の優秀な軍人技術者であった。滞日は晩年のことで、3度の短期間の来日の後、明治18年4月から日本に在住、途中4か月の調査帰国を除いて終始在日、明治26年2月に東京・麻布の自宅で死去、青山墓地に葬られた。享年54である。

彼の仕事の痕跡は地下や海中にあるため見えにくいが、横浜築港工事に使われた直径30センチ、長さ20メートルというスクリューパイル(先端がスクリューのようになった鋳鉄製の杭)の一部がみなとみらいの1号ドックのそばに展示されている。パーマーよりも後の工事に使われたもので、少し細いが全長を保っているパイルも一緒に置かれており、同じものが大桟橋埠頭ビルの脇にもある。

彼が埋設した水道管、獅子の顔をもつ共用の水道蛇口、創設記念噴水など、横浜の水道創設期の遺物が西谷浄水場の水道記念館で見られる。水道管は野毛三丁目公園にもあり、獅子の蛇口は横浜開港資料館にもある。また、水道開設100周年の昭和62年に、野毛山貯水池の傍らに彼の胸像が設置されている。

吉田鋼市 (よしだ こういち)

横浜国立大学大学院教授。

※「有鄰」490号本紙では4ページに掲載されています。

『書名』や表紙画像は、日本出版販売 ( 株 ) の運営する「Honya Club.com」にリンクしております。
「Honya Club 有隣堂」での会員登録等につきましては、当社ではなく日本出版販売 ( 株 ) が管理しております。
ご利用の際は、Honya Club.com の【利用規約】や【ご利用ガイド】( ともに外部リンク・新しいウインドウで表示 ) を必ずご一読ください。
  • ※ 無断転用を禁じます。
  • ※ 画像の無断転用を禁じます。 画像の著作権は所蔵者・提供者あるいは撮影者にあります。
ページの先頭に戻る

Copyright © Yurindo All rights reserved.