Web版 有鄰

489平成20年8月10日発行

吉行和子と『老嬢は今日も上機嫌』 – 人と作品

吉行家のこと、女優仲間との思い出などを綴る

yoshiyukisan
吉行和子

声高でなく、迎合しない姿勢で

今年6月に最後の舞台「アプサンス〜ある不在〜」を上演した。本の終わりに半世紀を超える舞台生活の幕を引く心境が綴られている。

「何か1本作品を見つけて、最後の舞台出演としたいと思っていました。これ以上ない程の戯曲に出会い、エッセイ集ができて、とてもいい区切りがつきました。私は区切りをつけるのが好きで、ひとつやめたら別の新しいことが経験できるに違いないと、楽観的に考える性格です。新しい時間を楽しめる元気が十分残っているうちに、自分で幕を引こうと考えました」

本は、新聞や俳句誌などに寄せたエッセイを編んでいる。生まれた町、市ケ谷に戻り、母、妹と、同じ建物内でつかず離れず仲良く暮らす日々を描いた冒頭の「生まれた街で」は、2001年のエッセイ。この頃、母は94歳で美容師として現役、海外旅行に行くほど元気だったが、その後数年間に、母の骨折、不意の病で妹が急死し、親友の岸田今日子さんが亡くなるという出来事が続いた。

「ずっと一緒に生きていくつもりだった妹の死は、体の一部をなくしたようなショックでした。また、舞台を続けていた岸田さんの存在は励みで友達の中でも心強い、特別な存在でした」

〈これからの私を待っている恐怖は“死だ”、と思っていたのに、このところ私は死の恐ろしさがすーっと消えてしまった。妹がいなくなってからだ〉と、書く。

今年101歳になる母は、長男の淳之介さん、次女の理恵さん、ふたりの子供に先立たれた。骨折で入院中に、娘の死を知らされた母は〈ぐうーっと声にもならない音を発して〉蹲[うずくま]ったが、次は猛然と娘の作品を読み返し始めた。少しでも多くの人に読んでもらいたいと、一周忌の2007年5月『青い部屋 吉行理恵レクイエム』(文園社)の刊行につなげた。

「完璧主義者の妹は、毎日夜中まで原稿用紙に向かっていました。兄も、文章に対してとても細かく神経を使っていて、そんな二人を見ていた私は、物書きが本業じゃないし無手勝流でいい、と居直って書いています。文体など考えず、この気持ちをどんな言葉で表そうかと考えて書きますが、世の中に何か訴えるような啓蒙的なことは、芝居でも文章でもやりたいと思わない。声高でなく、迎合しない姿勢でいたいんです」

子供のころに見た東京の風景、女優の仕事の中で会った人たち、家族、仲良しの岸田さん、冨士眞奈美さんと「三人組」で行動したこと、俳句、読書、旅……。素の視点から綴られる文章の奥行きと味わいは、とても深い。

「夢中になれる仕事を持つのはいいことだと、97まで働いていた母に、言葉ではなく背中で教わりました。私は女優になりたくて劇団に入ったわけではなく、できそうな仕事を探すうちに舞台に立ち女優を続けることになりました。全く飽きずに続けられたのは、フィクションの世界に魅了されてです。子供時代は体が弱く、本が友達でした。女優の仕事も、知らない街に立つ旅も、俳句も、私にとってフィクションで、本の登場人物になって遊んだ子供時代の楽しさがよみがえり、どこでも面白がって、不平不満なく過ごすことができました。現実の生活は、つつがなく暮らせるだけで十分」

舞台・映画やテレビドラマ、俳人としても活躍

1935年、東京生まれ。父吉行エイスケ、兄淳之介、妹理恵は作家。母は日本初の女性美容師。中学3年で初めて見た舞台、三好十郎作「冒した者」に感激して、劇団民藝に学ぶ。57年に「アンネの日記」で主演デビュー。毎日映画コンクール田中絹代賞など舞台・映画での受賞多数。「3年B組金八先生」「ふぞろいの林檎たち」「ナースのお仕事」など、テレビドラマでも活躍。84年、『どこまで演れば気がすむの』で日本エッセイスト・クラブ賞。俳人としても知られる(俳号は「窓烏」)。

「若いときは、遊びがたくさんあって、周囲が楽しませてくれるけれど、年を取ったら自分で自分を楽しませる技術を持っていないと退屈なものになるでしょう。骨折で動きづらくなってからの母の楽しみは読書でした。読書はすぐにできるものではないから、若い頃から読み親しんで、自分の世界を作っていかないと。今、本が読まれなくなりそして誰もがお金がないと幸せになれないと思っているのは、とても不幸だと思います。花を見ても、木を見ても、楽しめる心を持っている方が、ずっと大切です」

(青木千恵)

『老嬢は今日も上機嫌』・表紙

老嬢は今日も上機嫌
吉行和子/新潮社/1,400円+税

※「有鄰」489号本紙では5ページに掲載されています。

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