Web版 有鄰

489平成20年8月10日発行

有鄰らいぶらりい

奇縁まんだら
瀬戸内寂聴:著/横尾忠則:画/日本経済新聞出版社:刊/1,905円+税

著者は、徳島の女学校から東京女子大へ入学した年、初めて見た小説家である島崎藤村が美男だったから、自分も文学への志を固めたという。

その藤村をはじめ正宗白鳥、川端康成、三島由紀夫、谷崎潤一郎、佐藤春夫など、まさに綺羅星のような文豪21人との“縁”が著者らしい率直な筆致で描かれている。

仏門の師となった今東光とは、そのとき次のようなやり取りがあったという。

「頭はどうする?」「剃ります」「下半身はどうする?」「断ちます」

これ以前、著者には2人の男性作家にはさまれた煩悩の葛藤があったことを思うと、興味深い応答である。しかし著者の率直さを上回るのが、宇野千代が寂庵を訪ねたときのやり取り。著者は宇野の年譜や作品に出てくる男性たちとは、どういう縁だったかを聞くつもりで名を上げた。

『間髪もいれず宇野さんの高い声が返ってきた。/「寝た」/私はど肝を抜かれて、次の人の名をあげた。/「寝た」/前より速さが加っていた。後はすべてネタ、ネナイ、ネタと連発である。ネナイよりネタ方がずっと多い』

変り種は戦前からの社会主義者の大物、荒畑寒村。晩年、ソ連や中国、日本の社会党にもすっかり絶望していたにもかかわらず、死後は赤旗葬で送られる、という皮肉な話もあり、文壇側面史としても価値がある。横尾の装丁と登場者の似顔絵にも迫力がある。

ボローニャ紀行』 井上ひさし:著/文藝春秋:刊/1,190円+税

『ボローニャ紀行』・表紙

『ボローニャ紀行』
文藝春秋・刊

ヨーロッパ最古(辞書によっては世界最古ともある)のボローニャ大学があることで有名な北イタリアの都市、ボローニャの旅行記。

人口39万のこの街のことを30年も前から勉強していたという著者によると、ボローニャ・ソース(ミートソース)発祥の地であり、第二次大戦中にはナチスドイツ軍とイタリアファシスト軍と戦って自力で街を解放したレジスタン都市であり、小型精密機械の製造でも有名らしい。

著者がミラノ空港に着いたとき盗難にあった話から始まっている。長時間の禁煙から解放されてタバコを3本立て続けに吸っているとき、話しかけてきた男から、大金とボローニャについてまとめたノートを入れていた鞄を足元から盗まれたのである。イタリア暮らしの長かった夫人に電話すると「イタリアは職人の国よ。泥棒だって職人なんです」と、以前、アメリカの潜水艦乗組員が上陸して遊び、朝帰りをすると艦が盗まれていたというナポリで起こった話を聞かされる。

たとえば貴族の館を保健所や保育所や劇場などに使うなど、歴史的建造物を壊さず、内部は現在の必要のために使うというやり方で、都市再生の世界的モデルになったボローニャをさまざまな角度から紹介している。

排出権取引とは何か』 北村 慶:著/PHPビジネス新書:刊/800円+税

先の洞爺湖サミットで一番の問題となった地球の温暖化対策。具体的には二酸化炭素をはじめとする「温室効果ガス」を減らそうという試みだが、その裏にある「排出権」については、あまり話題にならなかったようだ。

著者は中国で日本の総合商社が行っているプロジェクトを見学した際、現地の労働者たちが交わしていた次のような会話を聞いた、という。

「この連中は日本人だな」「ああ、また変なものを買いに来たんだな」「いいじゃないか、何でも売れるものは売ればいい」「しかし何で日本人はあんな煙に大金を払うんだ」

その中国の工場の煙突からは大量の煙が出ており、日本の商社は、それを減らすためのプロジェクトに金を出し、そこから得られる「排出権」を買い、日本の企業に転売する。その企業は「排出権」を用いて、日本の工場で現に出ている「煙」を出さなかったことにすることができる。

著者が“地球を汚す権利”と呼ぶ京都議定書で決められた排出権の仕組みである。いま鉄鋼、電力、からコンビニチェーン、Jリーグのチームまでが争って買っている、という世界的な取引市場の仕組みと状況を解説している。

自衛隊員が死んでいく』 三宅勝久:著/花伝社:刊/1,500円+税

自衛隊では、ここ数年、平均で、年間の自殺者が約100人出ているという。10万人当たりの自殺率を見ても2004年度に39.3人、2005年度は38.6人と官公庁では群を抜く高さ。イラク戦争以降、自殺増加が問題になっている米軍でも10万人当たり17.3人(2006年)で、その2倍を軽く超えている。

その背景に、旧日本軍同様あるいは、もっと陰湿になった古参下士官などによるイジメがあるという具体例を取材して報告している。2005年の11月に自殺した航空自衛隊H基地のK3等空曹の例では、彼をイジメたM2曹の“指導のつもりだった”という弁明まで出て、生々しいリアリティがある。加害者の弁明は一様に「指導」である。

2004年、自殺した護衛艦「たちかぜ」の1等海士は遺書で、多くの人に感謝を述べる一方「Sへ お前だけは絶対に許さねえからな」と、激しくののしっている。

このS2曹は、その後、別の事案で逮捕されるが、その罪状は部下にわいせつなCDを買うよう強要したり、至近距離からエアガンやガスガンを撃ちつづけるなど悪質なものだったが、自殺した海士との関連は実証されないなど、防衛省に限らない役所の秘匿体質をよく告発している。

(K・K)

※「有鄰」489号本紙では5ページに掲載されています。

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