Web版 有鄰

488平成20年7月10日発行

赤井三尋と『どこかの街の片隅で』 – 人と作品

人生の哀歓と味わいを語る短編集

赤井三尋氏
赤井三尋

テイストが異なる10の物語

第49回江戸川乱歩賞受賞作『翳りゆく夏』が一昨年夏文庫化されて以来、18万部以上の売れ行きである。

「単行本刊行時の売れ方は、乱歩賞受賞作品としてほどほどでした。文庫になっていきなり売れ始め、増刷が続いたのは不思議な現象です。作家になり、より多くの読者に作品を渡したい責任感がありますから、やはり嬉しい」

新刊『どこかの街の片隅で』は、10編を収めた初の短編集。昭和20年8月、広島市郊外で行われた「原爆下の対局」のエピソードも交え、棋士の世界をじっくり描いた中編「花曇り」、金庫破りが金庫に閉じ込められてしまう掌編「老猿の改心」など、テイストが異なる10の物語が楽しめる。10編に共通しているのは“人生の哀歓”が味わえる点である。

「中編『クリーン・スタッフの憧憬』の主人公が、赤羽の都営住宅で母親とつつましく二人暮らしをしているように、“どこかの街の片隅”にある情景を書きました。順風満帆な人生を歩んでいる人などいないと思います。世の中とは構造的に、順風満帆だったことが理由で、どこかで挫折するようになっていると思います。描く人物の年齢によって物語と文体は違ってくるもので、若い人が主人公の場合、“諦観”を書いたらちぐはぐした印象の話になりますから、例えば『クリーン・スタッフの憧憬』では、地味な生活をしていた女の子に突然スポットライトがあたる人生の明暗を、多少ドラマティックに表現しました」

「クリーン・スタッフの憧憬」の主人公は、父に家出され、生活費を稼ぎながら定時制高校に通い、〈家族の間に流れるゆったりとした時間に、憧れをもって〉、庄野潤三の小説を愛読している。「三十年後」は、O・ヘンリーの短編「二十年後」のオマージュだ。万博が開かれ、活気に満ちていた大阪で、遊び仲間だった2人が、30年後に皮肉な再会をする。

「人生の皮肉を、短い物語で非常にうまく語るO・ヘンリーは、とても好きな作家です。庄野潤三、丸山健二の『夏の流れ』、R・チャンドラー、R・マクドナルドのハードボイルドなど、読みやすいが個性的な文章を書く作家を読んできました。個人の力ではどうしようもないことが人生にはある――は、表現したいことのひとつです。そして“哀歓”というものは、頭で考えて書けるものではないと思う。40歳を過ぎてデビューした僕の実感が小説に出てくるので、やはり若い作家の小説とは違う作風になると思います。長編と短編は書き方が異なり、短編は結末から考えることが多いですね。『誘拐の一齣』などの掌編は、ピリッとした味わいになるよう、結末のアイデアでひねりを利かせました。犯罪をからめると物語にひねりと驚きが生まれるのは確かで、『老猿の改心』のように、犯罪のプロ中のプロが失敗するのは、それだけで面白い出来事だと思います」

次作は昭和初期の大阪を舞台にした詐欺師の物語

1955年、大阪生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、ニッポン放送に入社。03年、『翳りゆく夏』で江戸川乱歩賞を受賞。06年、フジテレビに転籍。近未来を舞台にした長編『2022年の影』も今年5月に刊行した。

「小説は、帰宅後、書くモードに頭を切り替えて、パソコンの前に座らないと書けないものですね。30代半ばから書き始めて、乱歩賞受賞後は小説を編集者と読者に読んでもらえるようになり、張り合いを感じています。テレビ局に勤めて、長編を2年に1作書くペースですから、その都度、社会情勢を見ながら興味があることをしっかりと書いていくつもりです」

次作は、昭和初期の大阪を舞台に、“詐欺師”の物語を書く。ある人物が虚妄の経済操作を行い、大阪の新興財閥から金を巻き上げる丁々発止を長編小説で書くという。

「最近の事件を彷彿させる物語を、拝金主義の傾向が強かった昭和初期に時代を移して、いっぷう変わった文体で書く予定です。短編は一瞬のキレで人生を感じさせますが、長編はストーリー性を重視して感動を作っていく。僕はどちらかといえば短編よりも、ストーリー性があり、人物や事件を書き込める長編を書く作家だと思います。『翳りゆく夏』と同様、“三人称多視点”です。物事や人物をいろんな側面から見て浮かび上がらせる、一方的に書かないタッチが好きですね。できるだけ読みやすい文章で書いて、読者に楽しんで、感動してもらいたい」

(青木千恵)

『どこかの街の片隅で』・表紙

どこかの街の片隅で
赤井三尋/講談社/1,700円+税

『書名』や表紙画像は、日本出版販売 ( 株 ) の運営する「Honya Club.com」にリンクしております。
「Honya Club 有隣堂」での会員登録等につきましては、当社ではなく日本出版販売 ( 株 ) が管理しております。
ご利用の際は、Honya Club.com の【利用規約】や【ご利用ガイド】( ともに外部リンク・新しいウインドウで表示 ) を必ずご一読ください。
  • ※ 無断転用を禁じます。
  • ※ 画像の無断転用を禁じます。 画像の著作権は所蔵者・提供者あるいは撮影者にあります。
ページの先頭に戻る

Copyright © Yurindo All rights reserved.