Web版 有鄰

473平成19年4月10日発行

小沢章友と『三島転生』 – 人と作品

自決から三島由紀夫の生涯をたどる物語

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小沢章友

衝撃的な死に対する謎解き

『三島転生』は、三島由紀夫を敬愛する作家が、三島由紀夫をテーマに書いた小説である。昭和45年11月25日、作家、三島由紀夫は、陸上自衛隊市ケ谷駐屯地で割腹自殺を遂げ、45年の生涯を自ら閉じた。

「僕は早稲田大学の学生で、騒然とした学生会館で事件を知りました。衝撃は今も鮮明です。なぜ?なぜ三島由紀夫はそんな凄絶な死を選んだのか?抱いた疑問は解かれることなく、胸の奥にあった。疑問を抱えたまま30年が過ぎ、息をひきとる刹那、三島由紀夫の魂が凝視していたものに一歩でも近づきたいと、小説を書きました」

物語は、自決後、肉体を抜け出た魂(死有)が、自らの生い立ちをたどる設定だ。2部構成で、生まれてから20歳までが第1部、自決の日のことが第2部で書かれる。大正14年1月14日に生まれた平岡公威[きみたけ](三島由紀夫の本名)は少年時代、ラディゲの文学に傾倒。〈自分も、天才の証しをたてたうえで死のう〉と”20歳の死”に魅了される。そして昭和20年、20歳の公威が、玉音放送による終戦の大詔を聞く。

次に”死有”は、25年の歳月を飛び越え、第2部で、自決の日をみつめる。その日作家の三島由紀夫は、『天人五衰』最終回の原稿に目を通し、担当編集者に電話をしている。〈僕は午前中には出かけちゃうんだよ。楯の会の例会に行かなきゃならないんだ〉。原稿を封筒に二重に入れ、メモ用紙に〈人生は短いが、私は永遠に生きたい〉と、走り書きをする――。

「とにかく最後の一日を書きたかったので、三島由紀夫が世に出て、華々しく生きた25年間についてむしろ書かず、”その日”に焦点を絞って書きました。三島由紀夫が追求した哲学的な認識、特に『豊饒の海』第3巻、『暁の寺』に登場する”阿頼耶識[あらやしき]”の概念を念頭に、三島文学の影響を受けた僕が書くことで、何か乗り移るようなものがあれば、それが僕なりの、あの衝撃的な死に対する謎解きになるかもしれないと考えました」

6年前に始め、3年がかりで書き上げた。一昨年、胃がんの手術を受ける苦しさもあったが、ようやく刊行になり安堵しているという。

「生前からの愛読者で、弟子入りしたいとさえ思っていた。一番好きな作品は『金閣寺』で、ほかには『仮面の告白』『美しい星』。死後に刊行された『天人五衰』を読み、日本文学は何という至宝を失ってしまったのかと、痛切な喪失感を味わった。僕たちの世代は背伸びしてでも教養を身に付けようと大量に本を読みましたが、僕がその中で好きだったのは、三島由紀夫、谷崎潤一郎、川端康成、芥川龍之介、バタイユ、コクトー、ボードレールら、耽美的というか、独特の美学がある作家ばかりだった。上田秋成『雨月物語』など、日本には妖魔が踊るような幻想、美的な文学が伝統としてありましたが、三島由紀夫の死後、伝統が途絶えていると思う。僕はあとを継ぎたいと、ひそかに考えているのですが」

現実が辛く別世界の冒険譚などで幻想的な世界へ

昭和24年、佐賀県生まれ。早大政経学部卒。コピーライターを経て、平成5年、『遊民爺さん』で開高健賞奨励賞。『夢魔の森』『陰陽師狼蘭』などの王朝ゴシックロマン、『千年天使』などのモダンホラーの著書多数。芥川龍之介の死の謎を追った『龍之介地獄変』もある。子供時代は『千夜一夜物語』『西遊記』『三国志』を愛読した。

「大やけどをするなど現実が辛く、別世界の冒険譚や幻想物語で自分を癒していました。それで、幻想的な世界が好きになったのだと思います。広告コピーは、クライアントの気持ちを代弁するものですが、小説は反対で、自分の気持ち、精神をむき出しにしないと書けない。やっぱり小説の方が面白くて、作家になりました」

今年は『三島転生』を含めて3冊本が出る予定。女子大生の就職活動を応援する携帯小説も書いている。

「どうやったら人に読んでもらえるか、今の時代に受け入れられるように工夫して書いています。自分の理想郷に近い三島由紀夫をテーマに書くのはのびのびと楽しく、三島由紀夫に引きずり込まれるようにして書けました。国内外のたくさんの作家からメッセージを受け取ったから、自分も娯楽小説にバタイユやヘッセ、ボードレールのエッセンスを隠し味で入れ、いろいろな方法で発信したい。発信すれば、どこかで誰かが読んでくれるかもしれないから」

(青木千恵)

『三島転生』・表紙

三島転生
小沢章友/ポプラ社/1,600円+税

※「有鄰」473号本紙では5ページに掲載されています。

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