Web版 有鄰

473平成19年4月10日発行

有鄰らいぶらりい

つっこみ力』 パオロ・マッツァリーノ:著/ちくま新書:刊/700円+税

この欄でも紹介している『鈍感力』をはじめ、このところ「――力」という本が目立つ。赤瀬川原平さんが書いて流行語にもなった『老人力』以来の現象だろう。

「力」という言葉にそぐわない、あるいは反対の概念を結び付けて衝撃力をねらったタイトルで、もちろん本来の日本語にはない造語である。

本書も、外国人の書いたハウツウ物に、この手のタイトルをつけたものと思ったら、だいぶ違っていた。第一に著者は匿名日本人のペンネームらしい。内容も、漫才の「つっこみ」の話にはじまる文明批評である。

「つっこみ」は「ぼけ」を分りやすくし、さらに笑いを増幅させる日本独自の芸。「ぼけ」だけで終わる外国の漫談などにはない高度なものという(余談ながら一人でぼけとつっこみを兼ねる落語はもっと高級と思うが)。

笑いによる「つっこみ」は議論などより、よほど権力に対する有効な武器になると、以下、さまざまな学説をふりまく経済学や社会学の権威を批判していく。最近出た『タバコ有害論に異議あり!』という本は肺ガン誘引説や副流煙の害を扱った統計の解釈に正面から異議を唱えていたが、この本でも切り方によってどうにでも扱え”統計やデータのでたらめぶりに”つっこみ”を入れている。

鈍感力』 渡辺淳一:著/集英社:刊/1,100円+税

「鈍感力」。聞き慣れない言葉である。しかしわかりにくい言葉ではない。シャープな感性より、むしろ鈍な感性の方が、生き強い、という意味だろうと見当はつく。

<それぞれの世界で、それなりの成功をおさめている人々は、才能はもちろん、その底に、必ずいい意味での鈍感力を秘めているものです。鈍感、それはまさに本来の才能を大きく育み、花咲かせる、最大の力です。>

冒頭で著者は、まずこのように言う。その具体例としてあげる一つは、叱られ強いことだ。叱られても、めげない。著者の周囲には、そういった仲間で才能を開花させた者が何人もいるという。

これは単なる雑談ではない。著者は作家であると同時に、医学博士の資格を持つベテランの医師だけに、人間の生理に根ざした解説なのである。たとえば<健康であるためにもっとも大切なことは、いつも全身の血がさらさらと流れることです。そのためには、あまりくよくよせず……いい意味での鈍さが、血の流れをスムースに保つ要因になるのです。>

どの章を読んでも、あまりむつかしいことは書いていない。とにかく余りビクビク、クヨクヨしないで仕事に向かうことだ。

戦場のニーナ』 なかにし礼:著/講談社:刊/1,800円+税

『戦場のニーナ』・表紙

『戦場のニーナ』
講談社:刊

一人の国籍不明の女児の、戦後60有余年に及ぶ波乱の生涯をたどった壮大なロマンだ。1945年8月、旧満州の日本軍占拠地は、ソ連の空と地上両面からの完膚なきまでの攻撃に全滅。ところが意外なことに、地中の穴から女の乳幼児の声がして、救い出される。赤ン坊はニーナと名付けられる。チェホフの『かもめ』の主人公の名だ。

ニーナは元気に育つが、育てる親がいない。このため孤児院に預けられる。そこで、音楽教師でヴァイオリニストのダヴィッドと出会い、音楽的才能を伸ばしてもらいながら、愛情を受ける。

だが、激動の時代。ダヴィッドはソ連からフランスへ亡命し、演奏活動に専念するようになる。ニーナは再び孤独に――。ソ連は自由な国ロシアに戻り、ダヴィッドは演奏家として日本を訪れる。この機会を逃すわけにいかないと、ニーナも日本を訪れ、ダヴィッドと再会へ。

じつはニーナは満州で発見された時、一枚の写真があった。日本の赤ン坊の着物を着ていた。そのこともあり、ニーナは成長するにつれて、自分は日本人だと思うようになった。日本語の全く話せない日本人。だが日本で日本人と交わる中で、彼女の口から日本語がとび出すのだった。感動を誘う力作だ。

四文字の殺意』 夏樹静子:著/文藝春秋:刊/1,524円+税

「ひめごと」「ほころび」「ぬれぎぬ」「うらぐち」「やぶへび」「あやまち」の六編から成るミステリー短篇集。いずれもたった四文字の言葉に、犯罪の心の闇をしのばせて展開する趣向。なかなか巧みな作話術だ。

「ひめごと」は、携帯万能の現代を背景とした作品。みずきは入社3年目、幼児向き教材メーカーに勤務するOL。一人暮らしで、この日は六本木のレストランで男友だちと一緒に夕食をとる予定だったが、携帯で相手が不都合になったと連絡があった。急に思いついて、母親のいる伊豆の実家を訪ねることにする。母はメールで、夕方プールに行ってくるが連絡してほしい、と。携帯へも家の電話へも連絡を入れるが母は出ない。まあ突然行ってびっくりさせてやろうと訪ねた実家で母は何者かに殺されていた。しかも犯行時間はメールの発信時間と合わなかった……。

もう一篇紹介しよう。「あやまち」。音楽家殺人事件である。里花は30代半ば。音楽学校時代の師に今もヴァイオリンの個人レッスンを受けている。師はまだ独身の里花に少なからぬ好意を抱いていた。この日、レッスンが終わり、二人でコーヒーを飲んだ後、里花は辞去した。だがその直後、師はマントルピースの前で倒れて死んでいた。頭には薪のような鈍器でなぐられた痕跡があった……。日本ミステリー大賞受賞者の最新作。

(K・F)

※「有鄰」473号本紙では5ページに掲載されています。

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