Web版 有鄰

472平成19年3月10日発行

佐藤多佳子と『一瞬の風になれ』 – 人と作品

高校陸上部をリアルに描いたスポーツ青春小説

佐藤多佳子
佐藤多佳子

それぞれに可能性を追いかけていく話

昨年8月の第1部刊行以来、大ヒット中のスポーツ青春小説である。TBS系の情報番組「王様のブランチ」で2006年のNo.1小説、『本の雑誌』06年ベスト10の第1位に選ばれた。

「スポーツをみるのが好きで、スポーツを扱った小説を書いてみようと思ったのが発端です。陸上競技の短距離走は、スピーディで面白いのではないかと。競技形態はシンプルですが、リレーには個人競技と団体競技の両方の側面があり、一人ひとりの個性とコミュニケーション、試合シーンを書いてみたくて、陸上競技にしました」

主人公の神谷新二は、幼なじみの一ノ瀬連とともに神奈川県の県立春野台高校に進学する。新二の兄は後にJリーガーになる天才的サッカー選手で、新二も中学までサッカーをしていたが、いつ頃からか楽しめなくなっていた。「サッカーから逃げた」と言われるのは最悪なので、高校3年間をぼんやり過ごすつもりはない。そこで、驚異的な運動神経の持ち主だがやる気に欠けている連と、とりあえず陸上部に入部する。

「私はスポーツ漫画を読むのも好きで、この作品のヒントになったのは、小林まことさんの『柔道部物語』でした。柔道の練習、試合のシーンだけで物語を盛り上げていて、競技そのものに十分にドラマがあり、すごく面白い作品だと思っていました。それで、家族や恋愛などのサブエピソードを極力省いて、部活の動きだけで小説を作れないかと構想しました」

Tシャツ、タイツの上に学校ジャージを着る。グラウンド入口近くの1周230メートルのトラック周辺が陸上部の領土で、土のグラウンドをトンボで整地し、ライン引きでトラックを描くところから部活は始まる。4年がかりの取材に基づいて、部活の内容から競技シーンまで、高校陸上部のようすが、とてもリアルに描かれている。

「神奈川県の県立高校に取材を申し込んで快諾していただき、取材と同時進行で小説を書いていきました。取材で一番強く感じたのは、本当にいろいろな選手がいるということでした。陸上は、実力がはっきりと数字に現われる競技ですが、一人ひとりの真剣さに違いはなく、自分の戦いをしていると感じました。スポーツに限らず、人間は、自分の肉体的、精神的な幅の中で生きて行かなければいけない。自分の幅の中で最高の自分を目指していくことがとても大事です。“可能性”と一言で言ってしまえばそれまでですが、部員全員が、それぞれに可能性を追いかけていく話を書きたいと思いました」

童話、児童文学を書いてきた佐藤さんの、初めての一般向け小説『しゃべれども しゃべれども』も、対人恐怖症の青年、口下手で失恋した娘ら不器用な人びとが、苦手な「会話」に挑戦する話だった。

「特に統一テーマを設けてはいませんが、“変化”を書きたいとは考えています。物語が始まって終わるまでの間に、主人公にまったく変化が訪れないのは面白くない。ストーリーが進む過程で何らかの変化があり、できれば、良い方向へであってほしい。私が小説を書いているのは、言葉にすると少し恥ずかしいですが、“生きていくのは大変なことだけれど、頑張ればいいことがあるのでは”と考えるからです。この小説で、新二は陸上部に入り、チャレンジしていきます。連を初め、才能に恵まれた、敵わない存在が目の前にいますが、単なる憧れの対象にするか、劣等感を抱くか、なんとか近づこうと思って努力をするか、三つの選択肢があります。敵わないと知りつつ、自分のベストを尽くそうとする新二の葛藤は書きたいテーマでした」

子供時代から読む、遊ぶ、書くがひと続きになった生活を

1962年、東京生まれ。青山学院大学文学部卒。子供の頃から本が好きで、小学生で猫が魚を盗んでくる話を書き、以来、ずっと文章を書いている。89年、月刊MOE童話大賞を受賞。『イグアナくんのおじゃまな毎日』で98年、産経児童出版文化賞、日本児童文学者協会賞、99年、路傍の石文学賞を受賞。97年に広く一般を対象にした長編『しゃべれども しゃべれども』を発表。他の作品に『神様がくれた指』『黄色い目の魚』などがある。

「リンドグレーンの『わたしたちの島で』を中学1年で読み、小説が終わってしまったのが寂しくて、自分で続きを書いていました。読む、遊ぶ、書くがひと続きになった生活を子供時代から送り、今に至っている状態です」

(青木千恵)

一瞬の風になれ・表紙

一瞬の風になれ
佐藤多佳子/講談社/①②1,400円+税/③1,500円+税

※「有鄰」472号本紙では5ページに掲載されています。

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