Web版 有鄰

472平成19年3月10日発行

有鄰らいぶらりい

ブッシュのあとの世界』 日高義樹:著/PHP研究所:刊/1,300円+税

安倍首相就任早々の中韓訪問を、米国では日本政府が中国の外交攻勢に屈したと取っている、と著者は言う。

昨年11月、ハノイのAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の前、ホワイトハウスで開かれた国家安全保障会議は、中国がアジア外交の覇権を確立したという前提で行われた、と、出席した著者の友人が語ったというのである。

APECに出たブッシュは安倍首相をほとんど無視していたというし、同じ11月20日、ライス国務長官が、ワシントンのテレビで「中国こそ米国が外交責任を分担する平等のパートナーだ」と語ったという話にも通じる。

この本には出てこないが、先月行われた6カ国会議で米国が、おそらくは主催国中国の斡旋に乗って、かたくなに拒否していた北朝鮮との2カ国会談に応じたという事態とも符合しよう。イラクをはじめ中東問題にてこずっている米国は、もはやアジア問題は中国に、まかせて手を引きたいのではないか。唯一の同盟国と頼んだ米国が頼りにならず、中韓露の近隣諸国は国家エゴをむき出しに日本への外交攻勢をかけている現在、日本だけが「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」(憲法前文)いていいものか、というのが著者の言いたいことのようである。

ひとり日和』 青山七恵:著/河出書房新社:刊/1,200円+税

『ひとり日和』・表紙

『ひとり日和』
河出書房新社:刊

今回の芥川賞受賞作。作者は1983年生まれの女性。まだ若いが、すでに05年に河出書房新社の第42回文藝賞を受賞している。今回の受賞作は、若いフリーターの女性を主人公に、あまり物事にこだわらない最も現代的な生き方を描いている。

主人公の「私」は20歳。特定の職業にはついていない。両親は離婚、教師をしている母が外遊することになり埼玉の家を出る。世話になるのは、東京のある駅の近くで一人暮らしの遠縁の老女・吟子の家。独り者同士の気ままな二人暮らしが始まる。

「私」はもう勉強をするつもりはない。とりあえずコンパニオンになって小遣いを稼ぐ。さらに駅のキオスクのアルバイトもつとめ、のんびり暮らす。一人恋人がいたが別れ、新たに駅アルバイトの若い男と親しくなる。つきあいはきわめて淡々としている。お茶を飲むのもセックスするのも、同じ平坦な舞台上で、感動も激情もない。すべて日常茶飯事なのだ。

世話になっている家の吟子も似たり寄ったりだ。齢は70だが、しわしわのダンス教師と深い仲。この相手とダンスを踊るのが趣味だ。

泣くこともない。歯をくいしばって頑張ることもない。平成のもっとも今日的な生き方とはこういうものなのだろう。アンニュイな文体が、テーマによく合っていて引き込まされる。

一所懸命』 岩井三四二[みよじ]:著/講談社:刊/1,700円+税

小説現代新人賞、松本清張賞などの受賞で最近注目を集めている新鋭の第一作品集。

表題作「一所懸命」は、そのデビュー作。時代は戦国時代。美濃の国の下福光郷の当主右京亮で、国主土岐家の連枝の一人。平常の時は領地を耕して農業に励み、戦いとなれば、一族をあげて戦う国侍だ。この年も田地は水害に遭い、年貢すらまともに納められない窮地に陥っているが、さらに隣国織田家や朝倉家の襲撃に遭う。美濃の国の秋の実りの収奪が狙いだ。右京亮は必死になって戦う。“一所懸命”という平凡な言葉にこれほどすさまじい由来があるのかと思わず引き込まれる。作者は、時代背景、歴史状況などなおざりにせず、きわめてリアルに描き出している。

もう一篇、書き下ろしの「一陽来復」。織田の来襲以来十数年後、右京亮は一所懸命だ。国主美濃の道三は隠居し、稲葉山城に引っ込むことになる。だが道三、ただの隠居ではない。峻厳な稲葉山城に新たな工事を施し、全域鉄壁。もちろん工事には右京亮もかり出される。平時といえども戦国時代はいっときも油断のできない日々であった。

他の作品も、細密な描写で時代を浮き彫りにし、迫力充分の感動が得られる。

教室の悪魔』 山脇由貴子:著/ポプラ社:刊/880円+税

子どものいじめが連日のように大きな社会問題になっている。いじめを苦にした自殺も絶えない。なぜこんなことが起きているのか。その実態はどうなのか。どうすれば解消できるのか。”緊急出版”として、本書は世に問うている。

著者は東京都児童相談所センター心理司として日夜、問題解消に当たっている専門家だが、実態を知らない読者には、まず第2章から読むことをすすめている。そこで、いじめのない世界はない、などとタカをくくっていた読者も顔が青ざめてくるだろう。

現代のいじめには種々相があるが、まず驚かされるのは携帯電話を使ったいじめが増えていることだ。例えば女の子であれば、援助交際をしたがっているとか、1回いくらだとか、ありもしない噂をメールでばらまく。本人ではなく母親が浮気をしているなどと、偽造写真を使って中傷するのもある。金をまき上げられたり下着を奪われたり、その手口はあきれるばかりだ。

どうしてこういうことになったのだろう。家族社会が崩壊し、人間関係が弱体化したことが大きな原因だろうが、いま、それを言っても解決にはならない。一つ一つ、恐れず、具体的に対応してゆくしかないのだろう。その意味で子どもの周辺にいる読者に、二読三読をすすめたい本だ。

(K・F)

※「有鄰」472号本紙では5ページに掲載されています。

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